敬意を込めて呼捨て

 ARTIFACT-人工事実-さんのサイト名+さん付けの呼び方の普及は個人サイトのメディア化の証という記事について、すこし違った側面から書いて見たいと思います。
 
 上の記事では「個人サイトの人格化」について様々な分析がなされています。それについて全く異論はありません。推敲に推敲を重ね、書き足したり削ったり、見せ方・読ませ方をじっくり考えたりして出来上がっている Blog 以外のサイトと比べて、日々思いついた内容を、比較的簡単に掲載してく Blog サイトのほうが、よりサイト運営者の人格が出てきやすいような気がします。

 それで「サイト名+さん付け」で呼ぶようになるのでしょう。私も上で「ARTIFACT-人工事実-さん」としています。より丁寧にするのなら「ARTIFACT-人工事実-の加野瀬さん」とするのが正しいのでしょうが、それは少なくともコメント欄などで多少接触を持って少し親密度が増した後でないとちょっと恥かしい気がします。
 この「親密度」について感じていることがあるのです。

 最近、テレビやラジオに登場するような芸能人とか文化人と呼ばれる人たちのことを、一般の視聴者が「さん付け」で呼ぶこと多いような気がします。これは電話やメール・FAXなどでの視聴者とのリアルタイムに近い状況での交流をしたり、ハプニング性を重視して生のリアクションを見せるテレビ・ラジオ番組が増えてきたことが影響してきていると思います。
 つまり芸能人とか文化人と呼ばれる人たちが生に近い人格をみせることによって、視聴者に近づいてきているのです。生の人格は見せずに、悩んで悩んで作り上げた作品だけを見せているうちはミステリアスで、場合によっては「雲の上の存在」という表現が当てはまる場合もあります。

 「雲の上の存在」である場合、「さん付け」はありえません。分かりやすいところをあげれば「ビートルズさん」とは誰も呼びません。「キリストさん」とも呼びませんね。(←当たり前) 呼捨てすることによって逆に対象に敬意を表し神格化しているのです。

 ファンにとっては憧れの存在が自分に近づいてきてくれるのは嬉しいものですが、自分だけに近づいてきているのではなくてすべてのファンに対して近づいてきているのです。

 敬意を込めて呼捨てするのが似合う人達が減ってきているのは残念なことです。
 政治家なんかのことは呼捨てするけど、あれは少し反感も入ってるからなぁ。

[Misc.]


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