きっちりしすぎ

 伊藤ガビンさんの先見日記「時間を合わせるな!」を読んで。

 電波時計のように、あまりにきっちりされすぎると居心地が悪くなることがあります。

 もともと日本は「あいまいさ」を好む文化を築いていました。
 いや、好んでいたかどうかは別にして、結果的にそうなっていました。
 物事をはっきりさせない。白黒つけない。どっちつかずで事を荒立てない。そんな文化でした。

 文明開化とともに西洋の合理主義が流れ込んできて、あいまいさは否定され、はっきりきっちりが尊重されだしました。話の始めにまず結論を言う、みたいな。

 今ではその路線がどんどん推し進められ、ISO とかいってすべてのやり取りを書面で残す、とかスミからスミまできっちりし始めました。そんなこといわれなくてもちゃんとやってるよ、と言いつつ、あとでチェックされると思うと結構プレッシャーになったりして。

 「あいまいさ」を好む日本人が、あまりにもはっきりきっちりしすぎることに少し無理があるんじゃないかと思えてきました。JRの事故原因の根本はこのあたりにあるでは?とさえ思えてきます。
 合理主義的経済主義的国際社会における競争に勝ち残るために、この路線を変えるわけにいかないのはわかりますが、あまり度をすぎると何かが狂ってきてしまいそうで怖いです。

 たとえば、ものごとの本質が見失われてしまう、とか。

[Misc.]
 


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1 コメント:

  1. H & A 2006年10月13日 12:29

    ちょっと変わってきたみたいだ。
    http://d.hatena.ne.jp/bookscanner/20061013/p1