「人生は辛抱」なのか?

 はてなの jkondo の日記で「日本全体の大渋滞現象」という日記を読みました。

 以前に「スティーブ・ジョブスのスピーチ」という記事で、ジョブスが毎日実行していることを自分が実行することは到底できなくて、途方に暮れた、ということを書きましたが、その理由がここに書かれているような気がします。

 「人生は辛抱だ」とか「みんながちょっとずつ我慢して自分のやりたいことをやらないでいる」とか「自分のやりたいことがなんなのか分からない」ってのが日本の社会構造にドッカリと根を下ろしてしまっているみたいです。
 時には辛抱も必要ですが、というか、私も日本人ですので辛抱することは良い人生を送るためにとても重要なことのひとつだとは思いますが、ずっと辛抱しっぱなしでは意味がありません。自分のやりたいことを見つけて、それを実現するために辛抱するんでなければなりません。

 で、そのステップの一番最初にある「やりたいことを見つける」ための手助けをしてあげるのが、義務教育の最も重要な役割だと思うのです。ここが成立しない限りはスタートができないのです。
 


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4 コメント:

  1. Hit 2005年12月12日 20:23

    そうですね。目標を定めたということは、ゴールが見えているということです。後は、そこに向かって進んでいくだけでいいのです。

     
  2. H & A 2005年12月12日 22:27

    ゴールが見えないのに走り続けることほど耐えられないことはありませんもんね。

     
  3. をかだ 2006年3月2日 12:00

     全体にとてもいい記事ばかりですね。これから見せて頂きます。
     辛抱が生きることそのものではないかな、と最近よく思います。
    「生きるために辛抱する」から「辛抱するために生きる」に変われれば、少しは生きやすくなるかな、とも思います。辛抱が楽しく思えればいいのですが。

     
  4. H & A 2006年3月2日 12:50

    お褒めいただいてありがとうございます。
    励みになります。
    過去記事の閲覧にはサイドバーのサイト内検索か「Tags by Wink」をご利用いただくのが便利だと思います。

    私としては「辛抱するために生きる」のはちょっと困るなぁと思います。
    楽しい目標に向って辛抱するのなら、辛抱も少しは楽しくなるのかもしれません。