「不気味の谷」に落ちる

 リアル過ぎる『Xbox 360』用ゲームと「不気味の谷」現象を読んで。
 
 最先端のコンピュータ・グラフィックス技術を駆使してフォトリアルなキャラクターを作り上げようとすればするほど、逆にリアルさから遠ざかっていってしまうことを「不気味の谷」現象と呼ぶそうです。

人間のアバターが写真のようにリアルになった場合はどうだろうか?ここで奇妙なことが起こる。人間の脳は反発して、わずかに完璧さに届かない、些細な点に注意を向けるようになる。アバターのリアリズムはこのとき、突如として不気味の谷に転がり落ちる――そして、アバターはゾンビのように見え始める。

 これ分かる。すごく良く分かる。Xbox は持ってないし、コンピュータゲーム自体やらないのでナオミ・ワッツがどんなふうにゾンビ的なのかは良く分かりませんが、映画ポーラー・エクスプレスのテレビCMを見たときにやたらと気持ち悪かったのをよく憶えていて、たぶんあれに似た感じなんだろうと理解しています。
 Amazon のレヴューによれば「俳優の動きを、細かい表情の変化まですべてCGに取り込む「パフォーマンス・キャプチャー」という手法を使った」そうなのですが、その凝りに凝った最新の技術が、逆に「不気味さ」を生む原因になってしまったようです。あの主人公の少年の顔はまるで老人のようだったもんなぁ。

 Wired News の記事でもうひとつおもしろいのは、
史上最高と言うべき連載漫画『カルビンとホッブス』[邦訳集英社刊]にしても、作者のビル・ワターソン氏は1枚のページ上にいくつかのシンプルなスケッチを並べただけで登場人物の生き生きとした感情を描き出すことに成功している。アバターが漫画のようなタッチで描かれていれば、人間の脳は見たものをリアルな像に近づけるために空白の部分を補う。

 というところです。人の心にいつまでも残る素晴らしい作品は、全てを描ききってしまわないで、人が頭の中で、その人なりの「リアルな像」を作り上げることを許すための「空白の部分」が残されているものなのかもしれません。

 日本のアニメーションや浮世絵など、奥行きや立体感・質感などの表現を最低限にとどめた、「スーパーフラット」と呼ばれる作画方法は、「空白の部分」が残されている典型的な例といえます。「スーパーフラット」では、何も描かれていない余白の部分がどのように残されているかがとても重要視されているのもうなずけます。
 


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