記憶と記録

 [N] ブロガー=“熱心に日記を書く林家ペー”説を読んで。

 私は最初の子供が生まれてからしばらく、どこへ行くにもカメラとビデオカメラを持っていき、子供の姿や子供と一緒に過ごす私達親の姿を撮りまくっていました。それは子供が小学校に入学する頃まで続いたのですが、あるときからほとんど撮らなくなってしまいました。ビデオはもうほとんど撮らなくなってしまったし、写真をチョコチョコと撮るくらいです。

 それは何故かというと、せっかく子供の晴れ舞台を記録に残し、後から子供に見せてそのときの思い出などを語りあおうなどと思っているのですが、ビデオカメラのファインダーを覗いていては、せっかくの晴れ舞台の臨場感がうまく感じられずに、後からビデオを見ながら語り合うであろう話の内容が陳腐なものになってしまうような気がしたからです。
 私がカメラマンに徹することができる場合はいいのですが、多くの場合、私はカメラマンである以前に父親なのです。

 アルファブロガーと呼ばれる皆さんが、料理が運ばれてくると一斉に立ち上がってその料理を写真に撮り始める、というシーンを、テレビクルーが「画になる」ということで撮影したそうです。
 こうやって日々ここへ記事を書いている私ですが、できればそうはなりたくないなぁと思いました。

 ん~、こう書くとちょっと語弊がありますね。
 ネタフルで紹介されているこのエピソードは、アルファブロガーが話題のラーメンを食べにいく、というイベント的な状況でのことで、アルファブロガーの皆さんが食事をするたびに日常的に写真撮影をしているわけではないのですが、日常生活の中にブログに記事を書くために起こす行動がやたらと増えてくるのはあまり好ましくないなぁと思うのです。
 
 日常生活ではブログのことは基本的に忘れていて、特に記録に残すわけでなく、自分の頭の中に記憶として残しておいて、で、自分というフィルターを通ってろ過されて記憶の中から残ったものをもとに記事が書ければいいかなぁ、なんて思うのです。

 記録よりも記憶優先ということになりますか。

 ただ、RSSリーダーとはてなブックマークだけは手放せませんけどね、いまのところ。

[Misc.]
 


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1 コメント:

  1. H & A 2006年9月26日 13:41

    こんな記事を発見。
    記録と目的