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東横インの件をうけて本当に見直されるべきこと

 この事件が報道されてから、ずっと違和感を感じています。

 それは「なぜ東横インだったのか」ということ。つまり、規模の大小の差はあれど、この類いのことは世の中のそこらじゅうの建物にあふれているのに、なぜ東横インだけが大きく取り上げられているのか、ということです。

 姉歯の件について「最後は良心を信じるしかない」という記事を書いたけれど、いま本当に見直されるべきは建築基準法・建築士法に基づいた建築行政システムです。

 現在のシステムでは、建物の設計をする建築士と、その設計図面を建築基準法にのっとって審査する行政とが、お互いにもたれ合って馴れ合ってしまっています。あるいは、お互いに不信感を持ってしまっているともいえるかもしれません。

 この悪しき関係を打破するためには二つの方法が考えられます。

 ひとつは、建築士にもっと大きな権限を与えて彼らの裁量によって自由に設計をさせる方法です。行政は最低限のチェックしかしない代わりに、問題が発生したときには、それに携わった建築士を厳しく罰します。建築士は大きな権限を持つ代わりに大きなリスクも背負うことになります。

 もうひとつは逆に、チェック機関である各役所の建築指導課・民間検査機関を拡充する方法です。審査の正確性・迅速性を高め、さらに、建築主自身による報告の義務を課しているにすぎない竣工後の経過チェックも、消防署がやっているのと同等以上の定期的な査察によってなされなければなりません。
 また、各自治体、あるいは各担当者によってまちまちな建築基準法の解釈を、全国的に統一されたものにしなくてはなりませんし、建築基準法自体も、もう古くさくなってしまった部分をつくり変えなければならないでしょう。

 姉歯クライシスはまだまだ続きそうです。

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