ひとりでいること

 この前、「西洋人の日本論」で、Hot Wired の「「独り者」に優しい日本の社会」を取り上げましたが、いかにして日本の社会が独り者に優しくなったのかについて私が思ったことを書いてみます。

 Hot Wired が指摘するように、日本の社会は一人で行動しても寂しさを感じたり、哀れみの視線を感じたりすることが少ないように思います。それは都会においてとても強くなる傾向にあると思います。でもそれは、そんなに前からそうだったわけではないような気がするのです。

 私自身は、高校卒業するくらいまでは誰かと一緒にいないと寂しいヤツだと思われるような気がして嫌だったし、観たい映画があっても、一緒に観に行く友達を見つけられなくて、結局観にいけなかったりなんてこともありました。しかし大学に入学して一人暮らしを始め、どういうわけか段々といろんなところへひとりで出掛けられるようになってきました。

 それは何故か。これには思い当たる節があります。決して一人暮らしを始めたからではなくて、ある本を読んだからだと思っています。それは、村上春樹さんの一連の小説です。

 最初は「ノルウェイの森」でした。でもなんだか最初はピンときませんでした。ピンと来なかったのに、何故かその他の村上作品を読むようになりました。彼の作品の中で主人公達は、家の中でひとりで音楽を聴き、洗濯をしてワイシャツやチノパンにアイロンがけをし、スパゲティをゆでて食事をし、外出してひとりで映画を観たり喫茶店にはいったりし、また家に帰って長い手紙を書いたりします。

 それらのひとりで淡々と行われる行動のひとつひとつが、なんだかとても自然で、ちっとも寂しくなんかなくて、いや、ちょっと寂しげなところがカッコいいような気がして、で、これに後押しされて段々とひとりで行動することに慣れていったんだと思います。
 おそらくこういった反応は、村上さんの作品を読んだ読者のなかで日本全国同時多発的に起こって、それに社会が反応する形で、僕ら「ひとりでいるのってカッコいいんじゃね」派の受け皿ができていったんじゃないかと思うのです。
 
 でも今私は、妻と二人の子供という家族、私の父や母じゃなくて私自身がつくった私自身の家族を持ち、ひとりでいるのはちょっと苦手になってきています。

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