続・大切なひとのために

昨日、ミクシィで仲良くしてもらってるひとの日記にこんなのがありました。

タイトルは『ずっとずっとだいすきだよ』

娘さんが学校の宿題で国語の教科書の朗読をしたのだそうです。たぶん、その朗読をしたお話のタイトルがきっと『ずっとずっとだいすきだよ』なのだろうと思います。1年生の娘さんの声で朗読されるそのお話が、なんだかとっても良かったらしいです。そのひといわく、

なんやとってもええ話でホロリときてしまいましたわ。
1年生の教科書あなどれまへんな。

だそうです。
で、そのお話の内容というのが、
そのお話はペットが生まれて死んでしまうまでの話なんだけど、
飼い主の男の子は、毎日ペットのエルフに「大好きだよ」と言い続けるんですよ。
家族もエルフのことは大好きなんだけど、
口には出さなかったんだって。
だけど、エルフが年を取って死んでしまったとき、
他の家族は、悲しんでいたけど、
その男の子は悲しいけど、エルフを毎日大好きだよと、
言っていたおかげでちゃんとさよならができたんだ。

この日記を読んで、僕はこうコメントしました。
「 ちゃんとさよならができた、ってどういうことなんだろう?」
するとそのひとはこう教えてくれました。
「さよならできたというのは、エルフの死を、
理解して受け入れることができたということでしょうか…
最後、エルフの使っていたかごを、
子犬が産まれたお隣の子に譲ってあげるんですよねぇ。 」

それに対して僕はこう答えました。
「 >最後、エルフの使っていたかごを、
>子犬が産まれたお隣の子に譲ってあげるんですよねぇ。
あぁ。ぼくにはそれ、できないようなきがするなぁ。」
するとそのひとは、 
「それですよ、ちゃんとさよなら。 」

最近、インターネットで知り合って仲良くなったあるひとのことを、僕の不用意な言葉で深く深く傷つけてしまいました。それがきっかけで、そのひととは現在絶交状態になっています。
僕の言葉がそんなにもそのひとのことを傷つけてしまったということを、まだうまく理解できずにいるけれど、結果としてそのひとが深く深く傷ついてしまっているということは紛れもない事実です。
そして、そのひとを深く傷つけてしまったという事実が、僕自身をも深く傷つけることになりました。
僕がこんなにも深く傷ついたのは、生まれてから初めてのことではないかなぁと思っています。


そのひととは、ちゃんとさよならできてないような気がします。
いや、本当のところは、さよならなんてしたくないんだけれど。


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2 comments:

  1. はち 2006年12月2日 10:56

    ネットに接続するようになってから
    言葉だけで交流することの難しさをずっと感じています。

     
  2. H & A 2006年12月2日 21:21

    そうですね。
    書かれているとまったく同じ言葉でも、声の調子や顔の表情でまったく違うものになったりしますよね。
    難しいところです。

    これはネットでもコミュニケーションに限ったことではありませんが、今回痛切に感じたのは、とても仲良くなってからのコミュニケーションの難しさです。
    いくら仲良くなったあとでも、立ち入ってはいけない部分があるし、立ち入って欲しくない部分があります。
    そのあたりの見極めが、とても難しいなぁと感じています。