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1月, 2006の投稿を表示しています

ものに合わせて生活を変える?

本来我々は、自分達の望む生活に合わせて、その暮らしを支えるための道具をそろえていました。

 しかし今、ともすれば我々は、ものに合わせて生活を変えてしまっていることに気づきます。

 便利さを求めてものをそろえていたはずが、いつのまにかそれらのものによって生活が支配され始め、なんともいえない閉塞感に包まれた不便な生活ができあがってしまうことがあります。

 こういった事象に対して、非常に逆説的なものをみつけました。

いい加減な腕時計 - Engadget Japanese

 今我々は、どこかへ戻ろうとしているのかもしれません。

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Stanford iTunes

Stanford on iTunesってのが始まってます。

 だいぶ前に始まりますよってニュースを読んだことがあるのですが、Stanford の学生だけがアクセスできるサービスなんだろうと思っていたので、うらやましいなぁと思いながらも、あまり気にとめていませんでした。

 だがしかし、誰でもどこからでもアクセスできるサービスだったんですね。iTMS の一部として機能しているみたいです。どうも iTunes 単体ではアクセスできず、ウェブブラウザで Stanford on iTunes を開いて、そこにあるリンクをクリックすることでアクセスできるみたいです。

 早速アクセスしてみると、卒業式で行われたスティーブ・ジョブスのスピーチのビデオがあったのでダウンロードしてみたのですが、人気が高いのか、重くてダウンロードし切れませんでした。

 しかしこうなってくると、iTunes にはプラットホームとかインフラとかって言葉がしっくり当てはまるようになってきますね。

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やわらいかいの好き

小鳥ピヨピヨ(a cheeping little bird): やわらか戦車!やわらか戦車!で発見。

 これを知らない人がいると、あまりにもかわいそうで、あまりにも不幸なのでご紹介。

 全弾命中系も忘れずに見ましょう。

 ホップ・ステップ・玉砕! 戦争の前に練り物は無力である。

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線をひく

人はとかく線をひきたがります。

 世界中にはたくさんの国境線がひかれ、信じる宗教によって心の中に線が引かれたりもします。

 線をひくことによって何かが理解しやすくなったような気がします。しかし自分が属するエリアと属さないエリアが明確になることによって、敵と味方のような構図ができあがってしまうこともあります。

 しかし注意深く眺めてみると、世の中には線引きすることをためらわれるような、様々なものが混ざり合った状態の部分が多いことに気づきます。あるいは、ある線引きでは敵対するけれど、ある線引きでは友になったりもします。

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SNS2.0 かな?

昨日「これっていわゆる Web2.0 ですね。」でご紹介した「Qooqle」の作者であるオオヒダ タカシさんがつくったというソーシャルネットワーキングサービスがおもしろそうなので参加してみました。
コトノハ・・・○×系ソーシャルSocialtunes・・・モノ系ソーシャル こういうことでも人と人ってつながるよね、なんて、ちょっと目からうろこが落ちたような落ちないような。とにかくちょっとおもしろそうですよね。

 試しにサイドバーに私が○×したコトノハのリストを表示してみました。
 それから私のコトノハと Socialtunes のページへは、同じくサイドバーの一番トップの ABOUT の中の Another Side のなかにつくったリンクから飛べるようにしてみました。

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食について

最近「食育」という言葉をよく耳にします。文部科学大臣によれば
「知育・徳育・体育」が教育の基本と言われてきましたが、今それらに加えて注目されているのが「食育」です。
 ひとことで言えば食に関する教育ですが、単に望ましい食習慣のための知識を身につけるだけでなく、食卓での一家団らんを通じて社会性を育んだり、わが国の食文化を理解したりすることも含む幅広い教育です。
 とのことです。

 とてもよいことだと思うのですが、ただちょっと気になるのが、だいぶ前にラジオで聴いた、こんな内容の話しです。
 食事の時間とはどんな時間なのか、という質問を日本人にすると、小さな子供のいる家庭では「しつけ」だとか「教育」などという答えがあったりはするものの、圧倒的に多い答えは「食べるための時間」というものだったそうです。
 どうも多くの日本人にとって食事とは、自分の体を維持するために必要な栄養補給のための作業であるらしいのです。言われてみるとそんな気がしないでもありません。

 どちらかというと日本では、家庭での食事中、できるだけしゃべらずに黙々と食べることが好まれるようです。口の中に物を入れたまましゃべるのは行儀が悪いし、おしゃべりをしながらダラダラと食事時間が長くなることもあまり好まれないような気がします。
 客人を招いての会食や宴会などの場では、無礼講的な感覚でかろうじてそれらの行為が許されているようにも思えます。

 同じ質問を西洋人にしてみると「コミュニケーションのための時間」という答えが圧倒的の多いのだそうです。これには驚きました。
 食事中、彼らにとって大事なことは、食べることよりもしゃべることなのです。だとすると、イタリヤやスペインの昼食の時間がやたらと長いのもうなづけます。

 文化の違いによるこの大きな感覚の違いをよく理解しないと、アメリカからの牛肉輸入問題なども含め、これから起こるであろう食に関する様々な問題はうまく解決できないような気がします。

ライブドアについてちょっとだけ、う~む

まず私がクリップしている記事の一覧はこちら。:: H & A :: bookmark / livedoor

 よく注意しなければならないのは、「私たちが監視すべき対象はホリエモンの悪行なのか、それとも・・・」にあるように、近代法のもとでは検察や警察は裁判の一方の当事者であり、まだライブドアの有罪が決まったわけではないということです。東京地検特捜部の行動が100%正しいと決まっているわけではなく、現在立件されようとしているのは、非常に判断が難しく、限りなくグレーに近い部分なのです。

 今現在の私自身の意見は、Zopeジャンキー日記 の「ライブドアは虚業だったかもしれないが、私たちが見たものは夢ではなかった」にかなり近いです。
 仮にライブドアの有罪が確定したとしても、一事が万事ではない、ということにも注意しなければなりません。人間、悪いこともすれば良いこともします。ひとつの悪事によってそれまでの善行をすべてなかったものとしてしまうのは、あまりにも愚かなことです。少なくとも公の場では為されるべきではありません。

 社会制度の不備を突いた違法行為すれすれの経営戦略は非難される部分も多いでしょうが、彼等の時勢を読み取るカンの鋭さと、行動に移すときのスピーディーさは見習うべき点が多いと思います。
 そして一番大事なことは、既得権益の上にあぐらをかいてぬるま湯に使っている、多くの古い感覚を持った経営者や権力者の作り上げた社会構造をぶち壊す気概を持った精神は、もし彼らが退いてしまったとしても、後に続く誰かによって必ず引き継がれなくてはならない、ということです。

 様々な報道を見ていて一番腹が立つのは「 社会ニュース">ライブドア いつかこうなると・・・」というものです。苦労せずに金儲け・・・とか、汗水たらして働け・・・とか、安易なマネーゲームは許されない・・・とか。
 彼らのやり口はずる賢かったかもしれないけど、普通の人たちの何倍も働いていただろうと思います。それに、全ての株式投資はマネーゲームだ思うのですがどうでしょうか。後だしジャンケンはズルいですしね。

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これっていわゆる Web2.0 ですね。

小ネタBlog~純情派で発見しました。
Google+Yahoo!+α=QooqleGoogle Suggestで入力補完を行いつつ、Yahoo!での検索を行います。
検索結果は、はてなブックマークの登録数に応じてタグクラウドっぽく表示されます。
同時に商品カテゴリをYahoo!の検索結果から自動的に判別してAmazon検索も行います。
 ってことなんですけど、ものすごいマッシュアップぶりです。ここまでやって大丈夫なの?なんて変な心配したくもなってきます。

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「いただきます」って言ってますか?

大論争が巻き起こっているらしいです。

考:「いただきます」って言ってますか? 「給食や外食では不要」ラジオで大論争-家庭:MSN毎日インタラクティブ

 「お客様は神様じゃない」で書いたとおり、お金を払って食事をつくってもらい、それを食べ終わった時点で両者は対等であって、「いただきます」や「ごちそうさま」「おいしかったよ」などの言葉は、両者の関係を良好に保ち、コミュニケーションをスムーズにするためのものだってことがわからないのかなぁ。

 わからないのかなぁ。

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姿を消す、というデザイン

昨日、中部国際空港セントレアから飛行機に乗って旭川に帰ってきました。この空港を利用したのは昨日が初めてだったのですが、近年完成したほかの空港と比べて建設コストが非常に安かったことで有名なこの空港の建物について感じたことを書いてみます。

 まず第一に感じたのは、他の空港の建物が外観で様々な主張をしているのに対して、このセントレアはそれをまったくやめてしまっていることです。
 外壁は主に白いタイル張りのPC版とガラスのカーテンウォールによって構成されていますが、必要最低限のボリュームを必要最低限の材料で覆っているにすぎず、自然採光が必要な部分にはガラス、それ以外の部分にはPC版、と使い分けられているだけのように見えます。
 それ以上の、外観を見た人に対して何らかの主張をするための要素は一切省かれています。

 それを見た人に対してまったく印象を残さないということはすなわち、その姿を消してしまったことに等しいのです。
 考えてみれば、この空港のためだけに造成された海上の島に立地していることによって、そこへアプローチする人々の目的はこの空港を利用することに限られているのですから、シンボリックで印象的な外観を示す必要はまったくなく、ここへアプローチしてくる人を誘導するためのサインを分かりやすくするために、どうしても巨大になってしまう外観は背景として目立たない方が都合が良いのです。

 それとは逆に、建物の中へ入るとその内観は、利用客の対して十分で豊かなアメニティを与えるものになっています。必要のないものをどんどん削ぎ落としていった設計者は、利用客に豊かなアメニティを与える機能は必要なものであると判断したようです。

 国内線・国際線ともに、出発は3階、到着は2階という構成はシンプルかつ明快で、素晴らしく合理的です。
 ただ、それを実現するためには3階の出発ゲートから2階レベルにある飛行機本体の出入り口をつなぐための長いスロープが必要になり、当然ながらそれは出発ゲートの数だけ要ることになり、それだけ見るととても非合理的なのですが、それ以外の機能の配置がとんでもなく合理的にできることによって十分におつりがきます。
 2階に到着した乗客は、そのフロアから上下することなく国際線から国内線への乗換えや国内の電車バスへの乗換えを行うことができます。
 また出発客は1階・2階の存在をまったく意識することなく、ま…

大学は終わった?

世間はライブドアの家宅捜索、阪神大震災の追悼日、宮崎勤被告判決日、ヒューザー社長喚問といった話題で持ちきりですが、それらについてはちょっと横に置いておいて、昨年末に起こったという、とても大きな事件について取り上げてみたいと思います。

『大学は終わった』 いとうせいこう  先見日記 Insight Diaries

 昨年末、早稲田大学文学部のキャンパスで、ビラをまいていた学生が教員複数名に私人逮捕され、その後警察に“建造物侵入”の容疑で逮捕・拘留されるという事件が起こった。
 逮捕されたのが早稲田の学生ではなかったため、“部外者の侵入を禁ずる”という大学当局の、いわば私有地への立ち入り禁止項目を守らなかったというのが理由になったわけだが、それにしても大学でビラを配っただけの人間が逮捕されるのは日本初、前代未聞である。

 なんだよ早稲田。それでも早稲田なのかよ。早稲田がこれじゃ、他の大学がどんなもんなのかは容易に想像できるってもんです。
 大学さえも、くさいものに率先してフタをする時代になった。自由区の機能を失った大学は、社会的意義の大きな部分をこれで失ったことになる。
 いや、これはもう「大学は終わった」って問題ではないような気もします。こういう世間的状況の中で行われるヒューザー社長喚問にどんな意味があるのか疑わしいです。

 かろうじて言論の自由が許されているのは、インターネットの世界だけになってしまったのかもしれません。

漂う「ウソっぽさ」

民放の根幹を揺るがす、ある“深刻な”事態(1)〜テレビCMの限界が見え始めた - nikkeibp.jp - テレビは今、何をすべきかという記事を読んで。

PrestonCafe: テレビCMの影響は低下しているのか?では
受動型から能動型に変わっていくのかも。

 という感想が述べられています。私もこれとだいたい似たようなことを感じていますが、もう一歩踏み込んで、感じたことを書いてみたいと思います。

 最近テレビを見ていて強く感じるのは「ウソっぽさ」です。バラエティ番組やドラマなどは、始めから虚構が演じられているんだと思ってみるので違和感はないのですが、報道番組やCMなど事実を事実として伝える内容のものに対して、とりあえず疑いの目を持って接しているのに気づきます。テレビで見た情報に対して何かアクションを起こす前には、まずウェブでその真偽を確かめたり、それを補足する情報を集めるなりしています。

 これは何だろう? 受動型から能動型へと変わってきた、という簡単なものじゃなくて、もっと大きな変化が起こっているような気がします。テレビのような、一度に多くの人たちに強いメッセージを発進するメディアに対して、無意識のうちに拒否反応を起こしているような気がします。それに対してウェブはまだ影響力の少ないメディアといえます。特にブログは個人が好きなように文章を書いています。時には間違った情報を文章にしてしまうこともありますが、読者によってコメント欄で間違いを指摘されたり、トラックバックで他の記事とつながったり、議論が膨らんでいったりします。良くも悪くも本音の議論がなされてる感じがします。

 最近、「LOHAS」ってのが流行ってますが、「ソトコト」が取り上げた当初は良かったんだけど、大きなメディアで取り上げられ始めて、いろんな芸能人の皆さんが「LOHAS」について語り始めたとたんに、いきなり「ウソっぽく」なっちゃいましたよね。

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「個人的には」って

最近いろんなところでいろんな人が「個人的には」という言葉を前置きにして意見を述べるのを目にします。目にしませんか。そうですか。
 私がどうもこの言い回しに引っかかっているので目に付くのかもしれません。
 でもまあ、この言い回しが世間にあふれているということで話を進めます。

 この「個人的には」って言い回しは、会社なり団体なりグループなり家族なり、複数の人間の集まりの代表となる立場の人が、その代表としての立場ではなくて一個人として意見を述べるときに使われるべきものです。
 ですから、もちろん誰しも何らかの代表的立場であったりはしますが、そういったバックグラウンドを知らない人たちに向って意見を述べるときに「個人的には」とか言っても、いや、あなたのことは個人としてしか見てないからってことになります。

 つまり、私は-----と思います。で済むところを、個人的には-----と思います。と言ってるわけです。このふたつの違いは、私は----の場合、明らかに疑いようもなくわたしの意見であるのに対して、個人的には-----の場合は、その人が誰かに言わされてる感をそれとなく漂わせています。誰に言わされてんだよってことなんですが。

 要するになんだかとっても歯切れの悪さが漂ってしまうので、こういう意味不明な言い回しはやめた方がいいんじゃないかなぁと思うのです、個人的に。(ヲイ

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全エントリーにタグ付け完了

Wink:タグ検索は止まらない、か?‐SEM酒場で発見した Wink というサイトを利用して、年末年始の休暇を使って、数の多さにかなりうんざりしながら過去の全エントリーにタグ付けを完了しました。

 わざわざ海外のサイトを利用しなくても、タグ付けなんていつも使っている「はてなブックマーク」でもできるのですが、「はてなブックマーク」の場合は自分の記事を自分でブックマークするとちょっとした売名行為っぽくなるような気がして踏み切れませんでした。「はてなブックマーク」はブックマーク用ブックマークレット(←ややこしい)をクリックして現れるダイアログに、これまで自分がつけたタグがリストアップされて、それをクリックするとタグが追加されたり、オススメのタグが表示されたりと、タグ付けするのにはとても便利なんですけどね。

 でまあ、海外のサイトでこっそりとやってみたわけです。 
 この Wink というサイトの性格上、メインの機能は検索なわけで、タグはあくまでも検索の精度を上げるための要素のようなので、そのあたりもちょっと気が楽です。
 それから Wink では del.icio.us などでつけたタグをインポートすることもできますし、逆に Wink でつけたタグを del.icio.us などへエクスポートすることもできます。
 Collection と呼ばれる、複数のタグで記事を集める機能は、いまはまだ or 検索しかできないようですが、and 検索ができるようになると可能性が広がってくるんじゃないかなぁと思います。

 それで今、これまでずっと記事の下に [ ] 付けで記載してきたキーワードと右上の Category Search の位置づけをどうしようかと思案中です。

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Charamel がキター

このサイトを運営し始めた当初に「茶色がいいんです!」というエントリーでご紹介したことがあるのですが、わたしのお気に入りのテーマ "Charamel" が、ついに最新版の Firefox と Thunderbird に対応してくれました。
Charamel - Firefox ThemeCharamel - Thunderbird Theme こんなに素晴らしいテーマなのに、これまで何故か Mozilla 公式のテーマページには登録されていなかったのですが、今回晴れて登録されています。

 現在作者さんのサイトはこのテーマ用に作成されたアイコンなどの画像がレイアウトされただけのページになっています。ドラッグしてスクロールすることができます。上のほうに1箇所だけリンクがはられたところがありますが、これはおそらく作者さんの運営する営利目的サイトみたいです。

 私はまだ現在のものに更新される前のサイトで公開されていた、"Risky" と注意書きされたベータ版のテーマを "Risky" であることは覚悟の上で Firefox にインストールしていたのですが、(結果的に問題は起こりませんでしたが)そのおかげで Firefox の更新通知機能でこのアップデートを知ることができました。これも Mozilla 公式のテーマページに登録されたからですね。これからこのテーマのユーザーが爆発的に増えそうな気がします。

 このテーマはとにかくクセになります。何度か少し飽きてしまって他のテーマに浮気したりもしましたが、結局このテーマに戻ってきてしまいます。Firefox ユーザーの皆さんは一度試してみる価値がありますよ。

 【1/12追記】
 現在、Mac OSX でこのテーマを使うとスクロールバーが表示されなくなるバグが報告されています。
 ただ、スクロールバーがなくなってみて分かったんですが、わたしの場合スクロールにはスペースキー、シフト+スペースキー、矢印キーを使っているので、スクロールバーはページ全体の中での現在の位置を知るためのものでしかありませんでした。ですから特に問題はないのですが、どうしてもスクロールバーがないと困るという方は、しばらく待った方が良さそうです。

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発想の転換が必要なとき

H-Yamaguchi.net: 人口減社会は明か暗か、という話を読んで。

 このサイトでも以前に「少子化」「経済中心主義の終焉」というふたつの記事でこの問題について考えています。

 私は楽観主義者なのかもしれませんが、人口減社会の未来は明るいと考えます。まぁそう考えなければ、より良く生きて行けませんからね。で、そう考えるためには、福留さんの番組にアンカーマンとして出演していた西洋人や堺屋さんのような発想の転換が必要だと思うのです。

 ある新聞の記事によれば、日本の出生率の低下傾向というのは、戦後ベビーブームのほんの数年間を除いて、過去数十年間にわたって続いているのだそうです。これには驚きました。私はてっきりバブルが崩壊した10数年前くらいから強まった傾向なのかと思っていたのです。こんなに長期間続いている傾向ならば、政府がちょっとやそっと対策したからって、簡単に出生率が上がるような気がしません。

 少子高齢化・人口減少・経済衰退という社会現象を、いかにプラスに捉えるかが重要だと思います。その意味で「 漁師の人生」という寓話がとても参考になります。

Googleラリー・ページ基調講演

今年最初のエントリー。今年もよろしくお願いいたします。

Google のラリー・ページによる基調講演のレポートが Engadget Japanese に掲載されていました。

 まだ Steve Jobs のようなオーラは感じさせないものの、とても素晴らしい基調講演だったようです。
 Engadget チームの感想は、
これまでで最高のキーノートのひとつ。ものすごく楽しめた上に率直。Engadget(とWeblogs. Inc)の大ボスのひとりJasonいわく、「宣伝用のレトリックがひとつもなかった。インテルのviivが結局何のことなのか未だに分からないけど、今日Googleが見せたものは全部、完全によく分かる。」
 Google という企業の聡明さと先進性、学者肌で商売っ気のないところがよくあらわれています。

 基調講演の中で発表された内容は、どれも事前に漏れ伝わっていたものばかりで、特に驚くべき内容はなかったのですが、この Engadget の記事の中で引っかかったのは最後の部分。とても入り組んだ文章で、誰がいつ語った言葉なのか、私にはうまく解読できないのですが。
創生期のウェブで一番すばらしかったのは、何かをオンラインで公開する際の障壁がほとんどなかったこと。「だからみんなあらゆるばかげたものをアップした。われわれがやろうとしているのは、それをもっと進めることなんだと思う。」
 こういうスタンスで開発が進められているから、Google のプロダクツにはおもしろいものが多いんですね。

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