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11月, 2006の投稿を表示しています

Google の Earth 関係がおもしろすぎる

これ、面白くて仕方ありません。

まずはニテンイチリュウさんで見つけた Google Map ネタ

紹介されているネタの多くは、タモリ倶楽部が Google の日本社屋に潜入したときに、Google 社員の皆さんが紹介してくれたネタとかぶるものが多いみたいですが、私が反応してみたいのは下から3番目のエッシャー風です。

かなりおかしな感じですが、撮影方向の違う二つの衛星の写真が、ちょうど緑の矢印が立っているあたりを斜めに走っている道路に沿ってつなぎ合わされた結果のようです。ははは。良く見つけたもんですね。

私は会社のウィンドウズマシンに、「お使いのマシンのグラフィックカードの性能は、このアプリケーションの能力を引き出すのに十分ではありません。それでもインストールしますか?」みたいなアラートが出てもお構いなしに、無理矢理「Google Earth 4.0.2080 beta」をインストールしてあるのですが、その理由の最大のものは SketchUp で作った建築モデル完成度が全然違うからです。

おぉ、これはおもしろい!と思った方は是非「3D Warehouse ネットワークリンク」をインストールしましょう。私のマシンでは、調子に乗ってモデルを読み込みすぎるとすぐにキャパオーバーになって落ちてしまいますが。それでもこのまま使い続けますともさ、すぐに落ちるくらいのことくらいなんなのさ、です。

ところで今、激しく惹かれているのが、Engadget で見つけたコレ。
SpaceNavigator:Google Earthでも使える普及価格3Dコントローラ - Engadget Japaneseほっすぃー。はげしくほっすぃー。

どうせ私のマシンではこんな風には動きませんけどね。
この動画見てると、なんだか脳みそがトロトロにとろけてくるのを感じますよ。あぁー。
真ん中あたりで登場する観覧車が回っているように見えるのは気のせいですよね。きっと気のせいです。そうに決まってます。




坂本龍一と矢野顕子が離婚

衝撃のニュースが入ってきました。
[N] 坂本龍一、矢野顕子が離婚そうでもないですか。そうですか。

まぁ、ファンのあいだではふたりがずっと別居状態であることは知られていたのですが。結婚してはいるんだけど、結婚生活はしてない、というスタイルですね。スタイルっていうとなんていうかこう、なんでしょうねぇ.....。うーむ。

ちょっと前に「ほぼ日」で「矢野顕子について坂本龍一くんと話そう。」という糸井さんのインタビュー記事があって、その第3回での坂本龍一さんの発言がかなりの波紋を呼んでいたわけですが、坂本龍一ファンの私としては、坂本龍一がそういう意見を持つことについてはおもいっきり納得します。ただし、私自身はそんなこと思わないですけどね。

このインタビュー記事はまだまだ続いていて、ちょうど今日も第12回が追加掲載されています。インタビューの中で坂本さんがご自分のことを「オオカミ少年」と呼んでいますが、そのあたりを読めば第3回で言ってることなんかはすんなり飲み込めちゃうわけです。

これの第1回は11月14日に始まっていて、当然ながら離婚の話がおおやけにされるずっと前で、離婚協議は今年8月に成立していたということを考えると、糸井さんもそのことは知っていたはずで、そんな風に考えると、この記事をさらに香ばしく読むことができます。


シャングリラ/チャットモンチー

さっきラジオからこの歌が流れてきてから頭の中でリフレインして離れない。

「ハナノユメ」という曲を聴いてからずっと気になってはいた。
雑誌なんかで彼女たちの写真を見かけたり、ラジオにゲストで登場してインタビューに答える様子を聴いたりはしていた。
でも、この前「ミュージック・ステーション」に登場した彼女たちを見たとき、衝撃を感じた。

インタビューの答えるあどけない姿と、演奏をしているときの、千切れそうにカッコいい姿の、あまりの大きなギャップが衝撃的だった。

いつもながらのトリッキーなメロディとセンシティブな歌詞の組み合わせ。
今回は特に歌詞がいいような気がする。

歌詞の主人公は男。
シャングリラはその男の彼女という設定らしい。

最初と最後で、二人の立場が劇的に逆転する。

その歌詞はここにあります。
歌詞ナビ♪シャングリラ♪チャットモンチー製作秘話はこちら。
クローズアップ『チャットモンチー』|エキサイトミュージック(音楽)公式ホームページ
チャットモンチー

日本人の匿名性と自殺率3

この記事は、当ブログ内の以下の記事からの続きです。お時間のある方は、ぜひ以下の記事もお読みください。
匿名は日本の「国民性」だったんだ
日本人の匿名性と自殺率1
日本人の匿名性と自殺率2続きとはいえ、前の記事を書いてから長い永い時間が経過していて、とても続きとは思えない状況ではありますが、折りしもいじめによる小中学生の連鎖的な自殺が大きな社会問題ともなっており、続きを書くにはもってこいでもありますので、思うところを書いてみたいと思います。

私がこの題材を取り上げるにいたったのは、あるひとつの興味深い文章に出会ったたからです。それは「匿名は日本の「国民性」だったんだ 」を書いた少しあとではなかったかと思います。

その文章を読んだとき、この問題の核心はこれだなぁ、という確信めいたものが芽生えたのですが、あまりにも大きく深い問題であるため、もっと別な側面があるのではないかという迷いもあり、ずっと考え続けていました。そうこうするうちにいじめの問題が大きな社会問題として取り上げられ始め、ブログ界隈でもたくさんの人たちがこれについて論じるのを読むことができました。

そして、最初に芽生えた確信が、より確かなものに思えてきました。

まずこの文章を読んでみてください。
日本人の自殺世界各国における自殺に対する考え方について、興味深い考察がなされています。日本という国の土壌が、いかに自殺に対して寛容であるかが良くわかります。これと直接関係があるわけではありませんが、最近梅田さんが「よく生きる」ということに対する世界各国の考え方の違いについて池澤夏樹さんの興味深い文章を取り上げていらっしゃいましたので、こちらもご紹介します。
My Life Between Silicon Valley and Japan - 「よりよく生きる」の意味の違い「いかに死ぬか」と「いかに生きるか」が根本的には同義であることを考えると、「日本人の自殺」で考察されていることが、よりわかりやすく簡潔に書かれた文章としても読むことができます。

ちょっと脱線しましたが、僕が日本人の自殺」で、この問題の核心だと確信したのは「3」の最後の部分です。重要なので引用してみます。
少なくても、日本では、自殺は、自殺という行為は、モラル上からも決して褒められた行為ではない。忌み嫌われるタブーであった。昔から日本では自殺者を出した家は、疎ま…

大切な人のために

いつか、絶対に放したくない大切な人があらわれたときのために
あるいは、もうすでにそばにいる大切な人のために
今を精一杯誠実に生きよう。

その誠実さとは、みんながいう常識的な誠実さではなくて
自分自身に対して誠実であるということ。

それが常識的な誠実さとは違っていたっていい。
自分が信じるものに対して誠実でいよう。

大切な人のために
自分がどんな人間なのか
どんな人生を生きてきたのか
生まれてから今までのすべてを
胸を張って堂々と説明してあげたいから。

私・僕・俺

最近、あるところにこんな文章を書きました。
私が自分のことを「私は」と書いているとき
たぶん私は遠くのほうにいます。
遠くのほうから、あなたと、あなた以外のたくさんの誰かに
ことばだけを届けているんだと思います。

私が自分のことを「僕は」と言ったとき
僕はあなたにちょっとだけ近づいたのかもしれない。
それに、あなた以外の誰かの数が少し減ったのかもしれない。

僕があなたに「俺はさぁ」って話しかけたとき
僕はあなたのそばにいて
あなたの肩を抱いているのかもしれないよ。最後がちょっと色っぽい感じになってますが、その辺はあまり気なしないということでお願いします。

で、ここへいつも通ってきてくれる数少ない読者の皆さんに少しでも近づくために、これから僕はここで、自分のことを「僕」と呼ぶことにします。

最近は TagClick でタグをつけるようにしていて(サイドバーにある Tag Cloud ってのがそうです)そこに並んでいるタグをクリックすると、そのタグの付いた記事が並んだウィンドウがポップアップするようになっています。

サイドバーに並んでいるのは、付けたタグのうち、数の多いものだけが並んでいて、例えば「RingoShiina」なんてタグは表示されていません。Tag Cloud の右下にあるmore をクリックして表示されるページにはずべて表示されるので、時間のある方はそちらで探してもらうといいと思います。

さらに、そのページで各タグをクリックすると、そのタグごとに RSS feed が吐き出されているので、気になるタグだけを RSS リーダに登録して読んでもらうってこともできます。
皆さん、これからもどうぞよろしくお願いします。