字を書く

仕事中はまともに字を書かなくなって久しいですが、
ぼくはいまだに年賀状の宛名は手書きです。

毎年、自分の字の下手さ加減に嫌気がさして
そのあと丸1年それをスッカリ忘れ去って
1年後に思い出してうんざりする
ってのをもう何年も続けてます。

そんなぼくの字なんですが、
大阪で勤めてたころの同僚に突然
「オレ、オマエの書く字、好きだよ。」
って言われて、
やたらとうれしかったことがあります。

なんかね、ぼくの全人格を肯定された、みたいな感じ。

いま「ほぼ日」でこんな連載やってます。

Posted at 時刻: 12月 27, 2007 on 2007/12/27 | 0 コメント | Filed under: ,

r はのばさない

もうかなりまえのことですが、どこかのブログでこんな記事を読みました。確かこんな感じだったはず。

「英語の発音の中には日本語で言う『ー』や『っ』の発音はない。つまり『Cheese』は『チーズ』ではなく『チイズ』であり、『Browser』は『ブラウザー』ではなく『ブラウザ』であり、さらに正確に書けば『ブラウズr』であり『Book』は『ブック』ではなく『ブク』で、『Mac』も『マック』じゃなくて『マク』なんだよ。」
たぶんココだったはずなんですが。

これを読んで、のどに引っかかってた魚の骨が取れたみたいに、なんだかやたらとスッキリした気分になりました。目からうろこが落ちまくりです。

うまくネイティブっぽく発音できないのは、日本語にあって英語にない概念を理解できてなかったからなんですね。
「っ」の方は、発音される音がそれほど変るわけではないので実際にはあんまり問題ないんですが(でも理解してるかしてないかでなにか違う気もしますが)「ー」の方はかなり重要な気がします。

特に日本人が苦手な「r」の発音をするとき、特に「r」が最後に付くとき、カタカナで書くと「ブラウザー」となることが多いので、つい「r」の存在を忘れてしまいがちなんですが、上でも書いたとおり英語の発音的には「ブラウズr」と最後に「r」を発音することが重要なのです。

そういえばギークな人たちが「ブラウザ」とか「コンパイラ」とか「アーカイバ」とか書くのはこれとなにか関係あるんでしょうか。

あと「Flickr」以来、ウェブサービスの多くが最後の「r」の部分をわざと綴り間違いしてるのはこれとなにか関係あるんでしょうか?このほうが「r」の存在が際立ちますよね。

Posted at 時刻: 12月 25, 2007 on 2007/12/25 | 4 コメント | Filed under: ,

トラウマ

いつものごとくうろ覚えなのですが、たしか村上龍さんがこんなことをおっしゃってました。

「最近トラウマという言葉が簡単に使われすぎる。トラウマというのはもっと深くて暗いところにあるもので、気安く使われるべき言葉ではない。」

なるほどなーと思いました。たしかにそんな気がしました。「オレこのまえのテストでヤマかけたとこが全然でなくてさー。トラウマになってんだよね。」みたいな話を聞いたことがあるようなないような。

トラウマについて調べてみるとこんなのがありました。

自然災害や事故はこうした日常の連続性を遮断し、人が生きるための大切な基盤である安全間にヒビを入れます。こうした体験をトラウマといいます。事故や災害だけが人の心を危険に曝すわけではありません。
むしろ他人からの攻撃や暴力の方が人の心に破壊的に働くでしょう。その典型は戦争で、事実、戦争は大勢の人々の心を破壊してきました。でも戦争の場合には、自分と同じような被害を受けている多数の犠牲者がいます。
なるほど、これがトラウマなら簡単に使えそうにありません。ここまでの経験をしている人はそういるものではありません。

最近知り合ったひとが自分の生い立ちについて語ってくれたことがあって、その人はぼくなんかくらべものにならないくらい辛い経験をたくさんしてきていて、そんな辛い経験がその人のものの考え方や精神状態に大きく影響していることがわかって、おそらくそんな精神状態だからこそ起こったであろう普通じゃない出来事なんかもあって、いろいろと考えさせられました。

ぼくとしては、その人が体験した辛い出来事はトラウマとしてその人の心に傷を残すのに十分だと思われました。でもその人は、トラウマという言葉はまったく使いませんでした。とても聡明なひとなのでトラウマという言葉を知らなかったということはなかったと思います。そのかわりにコンプレックスという言葉をたまに使いました。

トラウマという言葉が、自分では修復不可能などうしようない傷という印象であるのに比べ、コンプレックスという言葉は、それを悪しきものと捉えて、なんとか克服してやろうとしている印象があります。

本当にこころにトラウマを抱えている人は、それをトラウマとは思わないものなんじゃないか。トラウマってそういうものなんじゃないか。そんな気がしました。

いや。そうだといいな、という気がしました。

Posted at 時刻: 12月 23, 2007 on 2007/12/23 | 2 コメント | Filed under: ,

The United States is made

今日アクセス解析を眺めていたら、変ったところからのアクセスを見つけました。アメリカはマサチューセッツからのアクセスで、わざわざこのサイトを英語に翻訳して読んでくれていたみたいです。奇特な人もいるものです。

僕の何に興味を持ったのか興味があったので、よぉく見てみたら気になる記事タイトルがありました。でも、自分で書いた記事のはずなのにまったく身に覚えがありません。みごとに翻訳されたのがこちら。

いや、困った。ほんとに身に覚えがない。なんてミステリアスなタイトルなんでしょう。記事の中にも「ざる」とか「ろ」とか「る」とかが突然あらわれて、さらにミステリアスです。
しばらくしてようやくわかりました。翻訳まえの記事はこちら。
なぁんだ。永井オーストラリアとかと同じですね。

Posted at 時刻: 12月 17, 2007 on 2007/12/17 | 2 コメント | Filed under: ,

INFOBAR 2

ちょっと話題に乗りおくれ気味かもしれませんが、たまたま通りかかった携帯電話売り場に置いてあるのをみつけたので手にとってみましたよ INFOBAR 2

まず感じたのは、iPod touch を手に取ったときに感じたのと同じ「重さと重心のバランスの良さ」です。自然の石かなにかを持ったときの感覚に似ているんじゃないかと思います。要するに人間がつくったものを持っている感じじゃありません。計算深く処理されたエッジが手にしっとりと馴染みます。

持った瞬間になんともいえない高級感を感じて、でもその高級感は持ってみなくちゃわからなくて、これをもっている姿を見ているだけの周りの人たちに対して優越感を感じたり、オレこんなの持ってんだよー、と持たせてみたくなります。

4つのカラーバリエーションがありますが、キートップがカラフルに塗り分けられた NISHIKIGOI と WARM GRAY よりも単色でソリッドな感じの SILVER  GREEN の方が「BAR」というコンセプトがより反映されていていいように思いました。

特に GREEN は吉岡徳仁氏がデザインした「MEDIA SKIN 」のオレンジに似た感触の手触りで、プラスチッキーなんだけどどこか温かみがあって、でも色はいかにも人工的などぎつい緑色で、それなのに自然の石を持ったときのような高級感のある重みがあって、いくつもの裏腹な印象がからみあっていいかんじです。

Posted at 時刻: 12月 14, 2007 on 2007/12/14 | 0 コメント | Filed under:

さかさま

Shadowstreet
Shadowstreet (via Erathic invad3r)

あたりまえにみていたものを

ふと別の角度から見てみると

とても不思議なものに見えたり

思いがけないことに気づいたり

これまでの理解が間違いだったんじゃないか

なんて思えたりしておもしろい

Posted at 時刻: 12月 12, 2007 on 2007/12/12 | 0 コメント | Filed under: ,

悲しみなんて何の役にも立たないと思っていた。

今日、札幌へ出張へ行く電車の中で、五木寛之さんの「人間の関係」という本を読みました。たくさんいいことが書いてあったのですが、なかでも一番最初の「欝から抜け出すための3冊ののノート」という文章がとてもよかったのでご紹介します。

五木さんはこれまでの人生の中で鬱々とした気分から抜けられない時期が3度あったそうです。鬱といっても、いわゆる鬱病ではなくて、ただなんとなく気分が晴れないという状態だったそうです。そのたびに、日々の出来事を簡単に1行で綴ることが、鬱から抜け出すために役立ったそうです。

40台後半に訪れた最初の鬱のときは「~でうれしかった」で締めくくる「歓びノート」。60台のときは「~でかなしかった」で締めくくる「悲しみノート」。そして70台のときは「~でありがたかった」で締めくくる「あんがとノート」。

そして気づいたのがこういうことだったそうです。

人間は四つの段階をへて変っていきます。子供から少年時代にかけては、「おどろく」ことで成長します。
やがて「よろこぶ」時代をすごす。そして、ある時期から「かなしむ」ことの大切さに気づくようになってくる。しめくくりは「ありがとう」という世界ではないか。

この記事のタイトルは最近リリースされた槇原敬之さんのアルバムタイトルからイタダキました。ぼくもこの1年くらいで「悲しみ」の意味や大切さのようなことがわかったような気がしています。

人間の関係
人間の関係
  • 発売元: ポプラ社
  • 価格: ¥ 1,155
  • 著者: 五木寛之
  • 発売日: 2007/11
  • 売上ランキング: 316
  • おすすめ度 4.0
悲しみなんて何の役にも立たないと思っていた。
悲しみなんて何の役にも立たないと思っていた。
  • アーチスト: 槇原敬之
  • 価格: ¥ 3,150
  • 売上ランキング: 75
  • おすすめ度 4.5

Posted at 時刻: 12月 11, 2007 on 2007/12/11 | 0 コメント | Filed under: ,

F が来るのを待ってる

これが面白くてしょうがない。

この中に出てくるですね、Fがですね、とにかくですね、魅力的でしょうがない!!!(←!みっつ)

詳しくはちゃんと読んでもらいたいのですが、要約するとだいたいこんな感じ。
ネズミにA→B→C→Dという行動を何度もさせると、寝ているあいだにも脳の中でA→B→C→Dが繰り返される。でもこれは浅い眠りのときで、深い眠りに入るとこれが圧縮されてABCD!みたいなことになったり、ACDBになったりABCF(!)になったりする。のだそうです。

で、これを書いている時点ではこの連載は終わっていないので、このあとFがどうなっていくのか、というかこのあとFに関してなにが語られるのかわからなくてワクワクするのですが、その結果をみる前にココへ書いてこの話を知らないひとに教えたくてしょうがないくらいワクワクしてます。

ひとが覚えている夢というのは、起きる間際の浅い眠りのときにみた夢だ、というのを聞いたことあります。ということは僕が覚えているあの支離滅裂な突然場面がかわったりする夢は、脳的には比較的理路整然であって、だとすると深い眠りのときはいったいどうなっちゃってるのか心配なくらいです。

ということはつまりあれかな? 脳は寝てるあいだに脳内にある無数の情報を順列組み合わせ的にああ並べたりこう並べたりってことを延々と繰り返してるんでしょうか? ということは脳はいつ休んでるんでしょうか。また心配になってきた。

Posted at 時刻: 12月 08, 2007 on 2007/12/08 | 0 コメント | Filed under:

2時50分

車のハンドルを握る位置をあらわすときに「2時50分の位置」という言い方があります。真上から左右に30度ずつ降りてきた位置ということです。

でも、これを正確にあらわすとしたら「1時50分の位置」のほうがより近いですよね。2時50分のとき、短針はもうほとんど3の位置に移動してますもんね。あるいは「時計の文字盤の2と10の位置」なんて言い方もできるかもしれません。

でも。それでも。

「2時50分の位置」のほうがなぜだかわかりやすいですよね。いや、わかりやすいというよりも表現として鮮やかですよね。よく考えるとちょっと間違ってるみたいだけど言いたいことはちゃんとわかるし、ビジュアルで、説明的過ぎてなくて、ちょっとだけひねりが効いてて、はい、なるほど、うん。って感じ。

で、世の中にはけっこうそういうことってあるんですよね。

Posted at 時刻: 12月 06, 2007 on 2007/12/06 | 3 コメント | Filed under:

モーツァルト

もう昨年の話ですが、2006年はモーツァルト生誕250周年ということでモーツァルト・イヤーだったそうです。昨年の話ですが。

ということで、美人バイオリニストの誰だったかがラジオに出てきてモーツァルトの話をしていました。
その話によれば、モーツァルトの曲を演奏するのは大変なんだそうです。とにかくたくさん練習しないといけないのだそうです。でも曲自体は難しくはなくてすぐに演奏できるらしいです。
だんだんわからなくなってきましたね。

モーツァルトの曲というのは、天真爛漫で天才肌の彼自身と似て、シンプルだけど美しい旋律が特徴で、シンプルなだけに演奏するのはそれほど難しくはないらしくて、誰でもたやすく演奏できるのだそうです。

でもその曲の本当の良さを引き出すためには、難しい技巧の必要な曲でも弾きこなすことのできるテクニックを持った演奏者がとにかくその曲を弾きまくって、最初から最後まで頭を空っぽにしてなんにも考えなくても弾けるようになるくらいからだで覚え込まなければならないのだそうです。

なんとなくわかってきましたね。

モーツァルト自身も、ノリ始めてくると食事も睡眠も忘れて何十時間もぶっ続けでピアノに向かって作曲に没頭することがあったそうです。天才というのはどうもそういうものみたいです。凡人よりもはるかに優れたテクニックと才能を持っていながら、作業に費やす時間が凡人よりも圧倒的に長い。そしてその作業を苦にすることはまったくなく、とても楽しんでいるように見える。

そんなふうにしてできあがった曲だから、その曲の本質をとらえて演奏するのにも同じことが求められるのかもしれません。

Posted at 時刻: 11月 22, 2007 on 2007/11/22 | 0 コメント | Filed under: ,

いい家を建てるために

僕が仕事をしている中で経験的に感じたことを少し書いてみます。

まず第一に、これはあたりまえのことですが、

  • 家のことについて、よく勉強すること

将来何十年にもわたって稼ぐお金をつぎ込むのですから、しっかりと勉強した方がいいに決まってます。間取りはもちろんのこと、構造や設備のことなど、家を建てるのに必要な知識はたくさんあります。最初は「なにがわからないのかわからない」状態でしょうが、わかるところからだんだん広げていくのをオススメします。

  • 自分が勉強していることを、設計者にそれとなくほのめかす

お互いに気持ちよくことを進めたいので、あくまでも感じよく、脅迫的にならないように。それでもちゃんと伝わります。

  • ライフプランについて考える

家を計画する上で、一番重要なのはこれなんじゃないかと思っています。いま要るもの。いま要らないもの。将来いるもの。将来はいらないもの。家族構成の変化や住み替えも視野に入れましょう。

これだけ考えると、自分たちの家に必要なものが浮き彫りになってきます。そしたらその要望を設計者に

  • できるだけシンプルに伝える

で、要望を伝えたあとは

  • できるだけ口出ししない

お互いの信頼関係を良好に保つためには、これが一番いい方法のようです。

Posted at 時刻: 11月 18, 2007 on 2007/11/18 | 2 コメント | Filed under:

佐野元春の、手法についての考え方

中学生のころに雑誌で読んだ佐野元春へのインタビュー記事にこんなのがありました。時期はたしか「No Damage」のころ。自らの音楽についてこんなことを言ってました。

「いま街にあふれているポップミュージックをつくる上でのあらゆる手法は、ほぼすべて60年代までに出揃ってしまっている。いま僕らは、それらの中からなにを選んで、なにを切り捨てるのか。そんなことをしているに過ぎない。」

例によってうろ覚えで、だいたいこんなことを言ってたなーて感じです。ちょっとクール気味にアレンジしてる可能性あり。

そんないいかげんなこと言いながら、その言葉にガツンとやられたのは事実で、なんてカッコいいんだこのひとは、ということでその後どんどん佐野元春にはまり込んでいきました。
僕がそのころ好きだったミュージシャンの中にはそんなこという人はいなかったし、そのあともいなかったかもしれない。手法に関しては、その後、ラップというまったく新しい手法が登場し、佐野元春自身もいち早くそれを取り入れ、その後ポエトリー・リーディングへと進んでいきます。

つまり、手法は出揃ってなんかいなくて、まったく新しいものが生まれる可能性はいつだってあったわけなんだけど、それでも、あのときのあの佐野元春の言葉は、僕が何かを創るとき、いつも頭の中にあって、熱くなりすぎてしまいそうなとき、うまくクールダウンしてくれます。

Posted at 時刻: 11月 12, 2007 on 2007/11/12 | 4 コメント | Filed under: , ,

アルバム

iTunes の登場以来、持ってるCDを全部 iTunes に取り込んで全曲シャッフルで聴くのがあたりまえになってきてます、僕的には。

意外な曲の並び方が新鮮だったり、あんまり聴かなくなっていた昔の曲を思いがけず再発掘できたり、いろんないいところがあります。

なのですが、最近CDチェンジャーのついた車に乗り換えて、車の中ではCDを聴くことが多くなってきて、CDが10枚入っていてもよく聴くCDはだんだん決まってきて、CDを入れ替えたりもしないのでなおさらそうで、そのうちにある曲が終わると次の曲が流れ始める前にその曲のイントロが頭のなかで流れ始める、ということが起こりはじめます。
あ、なんだこの懐かしい感じ。

音楽にはまり始めた中学生のころ、大好きなミュージシャンのアルバムをカセットテープにダビングして何回も何回も聴いた。ミュージシャンがアルバムを創るとき、できあがった曲をどう並べるのか、曲順にすごくこだわるという話をきいた。アルバムを聴くとき、並んだ曲を交響曲のようにひとつながりに聴いた。A面とB面の入れ替えの動作も含めてアルバムだった。A面・B面それぞれの最初と最後の曲は重要な意味合いを持っていた。

そういうことが、本当にもう昔の懐かしいことになってしまっていることに気づいた。

とかいって、最近いってることがおっさん臭くなってきたなぁ。

Posted at 時刻: 11月 09, 2007 on 2007/11/09 | 2 コメント | Filed under:

米を炊く

もう1年以上も前に電気炊飯器が壊れまして、それ以来我が家のごはんはずっと鍋で炊いてます。炊いてるのは家内ですが。

ステンレス製で、底がちょっと厚めで、ちゃんとした蓋がついていて、ちょっとだけいい鍋みたいなんですが、これで炊いたごはんがおいしいんです。

普通に炊飯器で炊くのと同じように米を研いで、しばらくのあいだ水につけておいて、炊く前に米だけをざるにあけて水を換えて炊き始めます。

沸騰するまで強火で、沸騰したらとろ火にして12分。火を止めたらしばらく蒸らします。するとツヤツヤのおいしいごはんが炊き上がります。

当然ながら保温はできませんが、我が家の場合、食べ残したときやわざと多めに炊いたときは、そのまま蓋をした鍋の中にいれたままにしておいて、食べるときに一膳ずつよそって電子レンジで温めて食べています。炊き上がってから時間がたっていても、この方法のほうが味が落ちないみたいです。

ということで、いつまでたっても新しい炊飯器を買うことができないでいます。

Posted at 時刻: 11月 09, 2007 on | 0 コメント | Filed under: ,

絵のパワー

昨日に引き続きタンブラーを続けていて気づいたことについて書いてみます。

この半年くらいのあいだ、これまでに経験したことのないくらいたくさんの写真を見て、たくさんの写真をポストして、たくさんの写真をリブログしてきました。

それで気づいたのは、写真よりも絵の方がパワーが強いなーということです。写真なんかよりもずっと自由度が高くて可能性の大きさを感じます。当然のことなんですけど、いまさらながらに痛切に感じさせられました。

写真が、カメラやレンズの力を借りていたり、偶然性から逃げられないのに対して、絵は、基本的にアーティストの力だけによってできていて、絵の出来上がりを偶然性に委ねるのか、すべて必然とするのかもアーティストの判断によります。
どれもこれもあたりまえのことばかりですが、そんなあたりまえのことにあらためて気づかせてくれたことに感謝しています。

ということで、最近気に入ってよくポストしている絵描きさんのサイトをご紹介します。

ちょっと鳥山明に似たタッチが気に入っています。ここの絵はすべて MOLESKINE という特別な手帳に描かれたもので、僕もこれを買おうかと思案しているところです。方眼グラフタイプとか。
そして、僕にそんなワクワクするような経験をさせてくれるヒーローたちが彼らです。

Posted at 時刻: 11月 08, 2007 on 2007/11/08 | 0 コメント | Filed under: , ,

Tumblr にどっぷり浸かってみてわかったこと

このまえのロシアも含めて、タンブラーを続けていていろんなことがわかったりしてるんですが、最近ひとつ大きなことに気づきました。それは、

プログラムって、プログラマーってスゲーーーーー!!!!

ってことです。

タンブラー前だって、それなりに Firefox 使ったり、グリモン入れたり、Stylish で好みの CSS を適用したりはしてました。でも、確かに便利かもねー、程度のものだったかもしれません。なんか冷静な感じ。プログラムやプログラマーの存在はもちろん認識してるんだけど、なんだか遠いところにいる感じ。お友達にはなれそうにない感じ。

それがタンブラー後。
これはタンブラーが革命的コンセプトのもと、とてもシンプルに作られているからだと思いますが、次々とタンブラー向けの UserScript や UserStyleSheet がリリースされました。これらを取捨選択しながら、僕のタンブラー・ライフはどんどん劇的に快適になっていきました。

ロシアの記事にも書きましたが、タンブラーはもう僕の生活の中にすっかり溶け込んでしまっています。日課のようなものです。これはすべて優秀な UserScript や UserStyleSheet のおかげです。そんな感謝の気持ちとともに、プログラムやプログラマーの存在が近づいてきた感じです。

このまえ Tumblr v3 がリリースされて、それまで愛用していた Share on Tumblr (JSAction スクリプト) が機能しなくなり、Tombloo 0.0.3 がリリースされるまでの間の生活のリズムの狂い方は異常でした。あらためて自分がタンブラー中毒で Dashboard 中毒で Share on Tumblr (JSAction スクリプト) 中毒で LDRize 中毒であることに気づきました。ここまで人の生活を変えてしまうプログラムってなんなんだ、とか思いました。ちょっとヤヴァいかも。

ヤヴァいかヤヴァくないかは別にして、プログラムが多くの人の生活を劇的に変えてしまうほどのパワーを持っていることは確かです。

一方で自分がまったくプログラムをかけないことに落ち込みます。これはもう義務教育の中で、英語の次の第3言語としてプログラム言語を教えるべきかもしれんなーとか思います。もしみんなが簡単な UserScript や UserStyleSheet くらい書けるようになると、Web2.0とかと比較にならないくらい未来の Web がやってくるでしょう。

いや、もしかするとそのうちに WYSIWYG 的な方法(たとえばアップルの Automator みたいな)でプログラムを書いて、個人が個別に Web の見た目や使い勝手を変えられるようになるのかもしれません。

ちょっと怖い気もするけど。

Posted at 時刻: 11月 07, 2007 on 2007/11/07 | 0 コメント | Filed under: , ,

能動/受動

この文章を読んで。

似たような話でこういうのがあります。

脇腹を人に触られるとくすぐったくて耐えられないのに、同じところを自分で触ってもなんともないのは、いつ、どこを、どんな風に触られるのか、あらかじめ分かっているか分からないかの違いなのだそうです。

人のからだに加わる作用は同じでも、それが能動的であるが受動的であるかによって結果がまったく異なってしまうことがよく分かります。

一般的によく「能動>受動」的なことが言われます。なんでも受身じゃダメだ。自分から動け。みたいなこと。それはそれで正しい部分もあるんだろうけど、逆に受動的であることによって効果があがることもあるんじゃないか、という気がしています。

僕みたいな建築設計の世界ではあんまり関係ないかもしれませんが、to さんみたいにプログラムを書く人は「能動/受動」を意識するといいのかもしれません。

てゆーか、to さんは気づいてるんだろうけど。

Posted at 時刻: 11月 06, 2007 on 2007/11/06 | 0 コメント | Filed under: ,

非 Lifehacks 的なもの

スタンフォードのウェブサイトに書かれた「The Big Difference between Winner and Loser(勝者と敗者の違い)」という有名な TEXT があります。

勝者は間違ったときには「私が間違っていた」と言う。
敗者は「私のせいではない」と言う。
勝者は勝因は「運が良かった」と言う。例え運ではなかったとしても。
敗者は敗因を「運が悪かった」と言う。でも、運が原因ではない。
勝者は敗者よりも勤勉に働く。しかも時間は敗者より多い。
敗者はいつでも忙しい。文句を言うのに忙しい。
勝者は問題を真っ直ぐ通り抜ける。
敗者は問題の周りをグルグル回る。
勝者は償いによって謝意を示す。
敗者は謝罪をするが同じ間違いを繰り返す。
勝者は戦うべきところと妥協すべきところを心得ている。
敗者は妥協すべきでないところで妥協し、戦う価値がない所で戦う。
勝者は「自分はまだまだです」と言う。
敗者は自分より劣るものを見下す。
勝者は自分より勝るものに敬意を払い学び取ろうとする。
敗者は自分より勝るものを不快に思い、アラ捜しをする。
勝者は職務に誇りを持っている。
敗者は「雇われているだけです」と言う。
勝者は「もっと良い方法があるはずだ」と言う。
敗者は「何故変える必要があるんだ?今までうまくいっていたじゃないか」と言う。
まったくもってその通りだと思うし、できれば自分は勝者でありたいと思うし、でもしかし自分がここでいう敗者のように振舞っているのに気づいて自身を戒める、なんてこともあったりして、たぶん多くの皆さんがそんなふうなんじゃないかと思うのです。が。

んが。

今朝、気づいたことがあります。
敗者の振る舞いとして挙げられている「問題の周りをグルグル回る」という行動。
いっしょに手をつないで、この「問題の周りをグルグル回ること」を求められることがあります。というか「あ、いままでずっとこれを求められていたんだ!」と、今朝気づきました。

どうも世の中の女性の多くが、これを求めているような気がします。「過程を大事にしたい」という言葉で言い換えられることもあるようです。

うまく行くはずのものがうまく行かないとき。このあたりに落とし穴があることもあるようです。

Posted at 時刻: 11月 01, 2007 on 2007/11/01 | 0 コメント | Filed under:

世界の終わり

不思議な感じのする写真をみた。
http://handa.tumblr.com/post/17969598


***


澄みきった青い空にそびえ立つきのこ雲

静かに凪いだ海

海だけでなく、その場の空気全体に漂う静寂

一瞬、真空の中に放り込まれたかのような静寂

「世界の終わり」というものがあるとしたら
それはもしかするとこんなふうに
静かに、まるで他人事のように訪れるんじゃないか。

そんな気がした。

Posted at 時刻: 11月 01, 2007 on | 0 コメント | Filed under: ,

「待つ」ということ

ちょっとまえの朝
通勤中の車の中で聞いていたラジオのミニドラマで、
こんな話が流れてきました。

***

携帯電話がまだなかった時代。

友達と、ある交番の前で待ち合わせをしていて、
でも、お互いに別々の交番の前で待っていて、
ずーっと目の前に立っている友達を見かねた親切なおまわりさんが
「もしかしてあっちの交番じゃないですか?」と教えてくれて、
待ち合わせ時間から2時間以上がたって、
もう来ないのかな? とあきらめかけた頃にようやく
向こうから息を切らして駆けてくる友達とめぐり合えた。

その友達とは、それから10年経った今でも大親友だ。

***

携帯電話が普及して以来、
正確な場所や時間を決めずに待ち合わせするのが当たり前になって
逆に携帯電話を持たずに人と待ち合わせするのが
とても不安に感じられるようになってきています。

こんな時代だからこそ
たまには上のエピソードのように
約束を信じて人を待ってみるのもいいかもしれませんね。

Posted at 時刻: 10月 31, 2007 on 2007/10/31 | 0 コメント | Filed under: ,

ホットアイマスク

このまえ GIGAZINE で紹介されてたコレ。

実はちょっとまえに、娘がどこかでもらってきて
それを僕がもらってやってみました。

これが思いのほか気持ちよかったです。
一日中パソコンのモニターを見つめているので
自分で思っている以上に眼が疲れているようです。

これしてると、当然ながら真っ暗になって
目のまわりが心地よくあったかくて
目の奥から悪いものが溶け出していく感じです。

あんまり気持ちよくてボーっとしてたら家内に
マスクの上から ウィンクしてる少女漫画みたいな眼を描かれました。

そんなことされてもへっちゃらなくらい気持ちいいです。

蒸したタオルでも同じようなことができるんだろうけど
これは耳に引っ掛けられるので寝てても落ちることがないし
軽いのでまったく圧迫感がないのがいいところです。

Posted at 時刻: 10月 30, 2007 on 2007/10/30 | 0 コメント | Filed under:

「早い」と「速い」

細かい話で恐縮なんですが、僕的にはあんまり細かい話でもないので書いてみます。

「早い」と「速い」。このふたつの「はやい」の使い分けってちょっと難しいですよね。ちゃんとしっかりとした文章の中にも間違って使われているのをよく見かけます。単純に変換ミスってのもあるんでしょうけど、それでもやっぱり気になります。

とか言ってる僕も、この場合はどっちの「はやい」だろう? と迷ううこともあるので調べてみました。ふたつの違いをとても簡潔に説明してたのがこの記事です。

【早い】→ 時間的に前であること
【速い】→ 動きが急であること

【早い】→“early”“prematurely”“soon”
【速い】→“quickiy”“fast”“rapidly”  
「早く食べる」・・・普段の食事時間を前にずらす、など
「速く食べる」・・・かき込むような食べ方をする、など
「早い電車」・・・他よりも先に出発する電車、朝早く出る電車、など
「速い電車」・・・一定の距離をより短時間で走る電車、特急電車、など
こうやって並べてみるとよくわかりますね。

Posted at 時刻: 10月 26, 2007 on 2007/10/26 | 0 コメント | Filed under: ,

ブログの収益アップ法(ネットフェンス編)

このブログで最近アクセスの増えている記事がありまして、それがこれです。

というのも Yahoo! で「ネットフェンス」を検索すると上の記事が結構上のほうに表示されるからで、アクセスのほとんどすべてが Yahoo!  からのものです。

で、普段ならそれくらいのことをここで取り上げたりはしないんですが、それをなぜ取り上げたかといいますと、この記事に来てくれた方が Adsence のリンクをクリックしてくれる確率が非常に高いのです! ぷぷぷ。

いまや当ブログでは、押しも押されぬ稼ぎ頭でございます。いぃや、押されまくってるんですがね。

どうしてそういうことになっているのか僕なりに分析してみますと、この記事はネットフェンスのことについて書かれているようで書かれていませんね。ネットフェンスのことを褒めているようで、ネットフェンス・ラブ、ぅラヴ、ラぁぅヴ、みたいなこと言いながら、最終的におとしめてますね。つまり、ネットフェンスについてなにも言ってませんね。

すると、記事の中には Flickr から引っ張ってきた写真の下にある、その写真の主へのリンクしかありませんから、ネットフェンスについて何でも知りたいとにかく教えて早く教えてってひとは記事のまわりを取り囲んでる「金網」とか「メッシュ」見たいなリンクをクリックしてしまう、ということではないかと思うのです。

「飴とムチ」みたいな。「いったん閉じて一気に開くと勢いよく出て行く」みたいな。
しかしこのメソッドの難点は、狙ってできるものではないというところ。ということでなんの参考にもなりませんね。

Posted at 時刻: 10月 25, 2007 on 2007/10/25 | 0 コメント | Filed under:

Woodenships さんのこと

Mac のいろんなアプリケーションの紹介をしてくださっていた Woodenships の harurin さんが他界されたそうです。

5~6年くらい前、僕がマックのカスタマイズに凝っていたころ、優秀なフリーウェアなどを親しみやすい語り口で紹介してくれていた氏のサイトは、アンテナに登録された重要な巡回先の一つでした。

しかしその後、仕事で使うメインマシンがウィンドウズになったことや、OSX という優秀で充実した OS の登場により自宅の iBook を標準のまま使うことに抵抗がなくなってしまったことにより、このところすっかり足が遠のいてしまっていました。

ということで、harurin さんの死去に対してことさら感慨深いものがあるわけではないのですが(誠に申し訳ない)、にもかかわらずここで取り上げたのは、いまでも僕が巡回しているいろんなサイトでの反響の起こり方が興味深かったからです。

なんかね、いろいろ書こうと思ったんですが、どうもうまく書けそうにないのでやめときますが、言いたかったのは要するにこういうこと。

「ネットの世界も捨てたもんじゃないじゃん。」

じんわりとそんなことを感じました。

大変遅くなりましたが、harurin さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

Posted at 時刻: 10月 24, 2007 on 2007/10/24 | 2 コメント | Filed under: ,

「She don't know me」的なもの

確か僕が高校生くらいだった頃に流行った Bon Jovi の曲で「She don't know me」というのがあります。ご存じない方もご存知な方もこちらをどうぞ。

で、当然お気づきだとは思いますが、この曲のタイトル、英文法的に間違ってますねー。She なら dosen't ですねー。この曲が流行ってたころ、たぶんBon Jovi はこの件に関する質問をたくさん受けたと思われますが、僕も一度その受け答えをラジオで聞いたことがあります。それはだいたいこういうものでした。

「間違ってることはわかってるさ。でもこっちのほうが歌いやすくて自然だったんだ。」

たぶん同じ質問をあちこちで何度も受けてうんざりしてたと想像されるにもかかわらず、とても爽やかに答えていました。高校生の僕はそれを聞いてただ「カッコウィー!」と思っただけでした。

最近になって、あのとき Bon jovi はあの答えの続きにこんなことを飲み込んでたんじゃないかと思っています。

「正しいことがみんな正しいわけじゃない。正しくてもみんなから嫌われるものもあるし、間違っていてもみんなから好かれるものもある。正しいか間違ってるかなんて○○だろ。」

Posted at 時刻: 10月 22, 2007 on 2007/10/22 | 0 コメント | Filed under: , ,

touch the touch

昨日、札幌へ出張へ行ったついでにアップルストアへ寄って、遅ればせながらあの iPod touch に触ってきました。

あちこちで見かける評判どおりの製品でした。

まず大きさと重さと重心のバランスの良さを感じました。
注意深く計算されたであろうエッジの処理によって、持ったときにしっとりと手に馴染みます。主に手に触れることになる背面の鏡面処理されたステンレスからは、まったく冷たさを感じません。

そんな印象や継ぎ目のないモノリシックなデザインと相まって、人によってつくられたものじゃなくて、まるでそのままのかたちで体温を持って生まれてきたナニカのようでした。
ちょっと褒めすぎたかもしれません。でもだいたいそんな感じ。まだ触ったことのない人は絶対に触ってみるべき。そんな感じです。

で、触り始めたら時を忘れて小一時間ほど触りまくってきたんですが、やっぱし一番びっくりしたのは Safari です。
なんですかコレ。もうコレだけでウェブブラウズは十分かも。文字の入力はちょっとなーって印象でしたが、慣れたら何とかなっちゃうのかも。これが普及すればもう携帯専用ページとか要らないのかも。ぜひそうなって欲しい。

ただ気になったのは、本体を傾けるとモーションセンサーで感知してウェブページや写真が縦になったり横になったりするんですが、ちょっと挙動が不安定だったような気がします。コレもなんかコツがあるんでしょうね。

実は Safari でショックだったことがもうひとつありまして。このサイトを見てみたんですが、このまえ勢いで導入した Grazr が表示されてませんでした。これは早急にもとに戻さなければなりません。(たぶん来週くらいになんとか)

あとページトップの背景のグレーのグラデーション画像がきれいに表示されてませんでした。うむー。どうしよう。

この iPod touch の時代に Safari でちゃんと表示されないウェブページなんてありえないいですよねぇ。長いものには巻かれろでございます。

Posted at 時刻: 10月 17, 2007 on 2007/10/17 | 3 コメント | Filed under: ,

フィードの購読者数を調べてみる

いつもいつも有益な情報を提供してくれる Going My Way さんの「Google Reader で自分のブログのフィードの subscriber の数を確認する方法」記事を経由してこの記事を読んで。

このところずっと更新をサボっていたので、アクセス数が激減しております。

過去に書いた記事への検索エンジンからのアクセスだけで細々とやっております。
こうやって何の予告もなしに一月ほど更新を止めて、久しぶりにヘロヘロと更新しても、それでもちゃんと読んでもらえているような気がするのはフィードリーダーのおかげですね。

ということで、このブログのフィードの購読者数を調べてみました。
  • livedoor Reader : 57
  • iGoogle+Google Reader : 34
  • Bloglines : 26
  • Total : 117
Kengo さん経由でネタフルさんの情報によれば、この3つでだいたいシェアが 70%くらいということなので、だいたい167人くらいの方にフィードを登録してもらってるということになります。ありがたいことです。

とはいえ自分のことを考えてみると、上に挙げた3つのフィードリーダーは全部使ったことがあって、さらに feedpath とか はてなRSS とかも使ったことがあって、今は livedoor Reader に落ち着いてるわけですが、過去に使ったフィードリーダーはそのまま放置されていて、当然登録したフィードもそのままになっています。

そんなことを考えてみると、たぶんアクティブな読者さんの数は、この半分くらいでしょうか。いずれにしてもありがたいことです。

Posted at 時刻: 10月 13, 2007 on 2007/10/13 | 0 コメント | Filed under:

新 mixi デザインカスタマイズ

10月から変更されたミクシィのデザインに対して、いろんなところでいろんな人がカッとなってらっしゃいます。たぶん一番最初に自分がカッとなったことを表明されたのはこの方ではないでしょうか。

デザイン変更があった初日からずっとこのユーザースタイルシートを使わせてもらってました。
ただ、使わせてもらっといてこんなこというのもなんなんですが、どうしても「無理矢理書き変えました」的なところが見え隠れして、特に上のボタンが並んでるバーのところの幅があってないよー的なところとか、あとやっぱり「カッとなってる」感が伝わってくるっていいますか、そんなところがずっと気になってまして。

で、今日、他になんかいいのないのかなーと思って探してみると、ありましたありましたバッチリなのが。
コレのいいところは、まず「消しすぎてない」ってところですね。ミクシィの運営さんやデザイナーさんへのリスペクトが感じられます。

他によくあるユーザースタイルシートではトップのミクシィロゴの部分がごっそり消されているものが多いと思うのですが、コレの場合は大きさ調整をされたうえでちゃんと残されています。で、その右の広告スペースから広告を消したあとにきれいな余白スペースが確保され、その右上にヘルプとログアウトボタンが配されています。このアイデアの秀逸さにはビックリです。

その下のボタンバーの部分は見事に幅調整がされてきっちり幅が揃えられています。左端にあるはずのホームボタンが消されてますが、上のミクシィロゴをクリックすることで、どこからでも自分のホームへ戻ってこられるので問題ありません。

で、さらにここからがスゴいところなんですが、2コラムにしてセンタリングしてできた両端の余白には薄い赤茶色が適用されて全体のイメージが調整されています。さらにデザインリニューアル後にクールなクリア調に変更されていた「マイミクシィ最新日記」などの部分のトップのバーが、下のほうにある自分の最新情報のところのオレンジ色のトップバーに差し替えられて、全体がオレンジ色になるように調整されています。

いろんなところで、このミクシィのオレンジ色が好きじゃない的な批判を目にしますが、実は僕はこの温かみを感じさせるオレンジ色は嫌いじゃないので、ミクシィらしさを増幅させるこのカスタマイズには拍手を送りたいです。

カッとなってやった結果と、愛を持ってやった結果の差を感じさせられました。

Posted at 時刻: 10月 08, 2007 on 2007/10/08 | 0 コメント | Filed under: ,

Grazr 導入

これまで Feed2js を利用して表示していた部分をすべて Grazr に乗り換えました。

トップページと個別記事ページのメインコラム下部にある「POPULAR POST」なんかがそうです。

導入方法を少しご説明いたしますと、Grazr へ行ったらまず右上の Resister からユーザー登録しましょう。必要項目を記入するとメール確認とかナシにいきなりログイン状態になります。

そしたら今度は一番上の青いバーところの「Create a Reading List」をクリックして、それから下に表示された青いバーの中に並んでるなかの「Data」をクリック。で、登録したいフィードの URL を書き込んで OK をクリック。わかりやすい名前をつけて登録しましょう。

考えた末、僕の場合はひとつのフィードを登録したらまた「Create a Reading List」をクリックして別のフィードを登録するという方法で、フィードをひとつずつ分けました。
いくつかフィードを登録したら右上あたりにあるオレンジ色の文字の「My Reading Lists」をクリック。登録したフィードがズラッと並んでます。それぞれのフィードを示す四角いアイコンの下の小さなアイコンをクリックすると、そのフィードをシェアしたり、編集したり、削除したりできます。

ここで、その下の「File List (OPML)」をクリックすると、登録したすべてのフィードを含んだウィジットの作成へ進みます。進んだ先で「Edit」をクリックすると編集画面へ進みます。複数のフィードをコンパクトに表示する場合にはこの方がいいでしょう。
僕の場合は一覧性を高めるためにひとつのフィードにひとつのウィジットという構成にしたかったので、それぞれのフィードの下の歯車アイコンをクリックしてをウィジットの作成へ進みました。

ウィジット作成画面では好きなテーマや表示方法、ウィジットのサイズやフォントのサイズを調整します。変更するたびに左側にプレビューされるので確認しながら作業を進めます。
最後に、できあがったコードをブログの好きな場所に貼り付けておしまいです。

なお、「RECENT COMMENTS」の表示ではクリボウさんのところのこの記事を参考にしています。

それから「LINKS TO THIS SITE」の表示には、同じくクリボウさんのところのこのツールを利用しています。

Posted at 時刻: 10月 06, 2007 on 2007/10/06 | 4 コメント | Filed under: ,

お別れ

北海道にきてすぐに買って4年間乗った車を
このまえ手放すことになって
でもそれほど愛着もなくて
手放すことにそれほど感慨はないなぁ
と思っていたんだけど
その車をディーラーの人に渡した翌日に
車の中に忘れ物をしたことに気がついて
ディーラーを訪ねてみたら
もう解体工場へ持っていってしまったというので
場所を聞いて行ってみた。

そしたら
解体を待つ車の列の中に僕の車が薄汚れて並んでいて
ああぁぁぁ、と思った。

でも、あそこへ行ってよかったかも、と思った。

Posted at 時刻: 10月 05, 2007 on 2007/10/05 | 0 コメント | Filed under:

ビルマに自由を!


Free Burma!


「ビルマに自由を!」について

私達、国境を越えたブロガー達は、ビルマの平和的な革命を指示するための活動 をしています。
ビルマの皆さんの平和と自由を願うために、ぜひ、署名のご協力をお願いします。
何の武器も持たず、残酷な軍事政権と戦っている彼等に、私達の共感を示し、応 援しましょう。

そして各々のブログに、10月4日(木)に、バナーの掲載と「Free Burma!」(ビ ルマに自由を!)の言葉を、アンダーライン付テキストでポストするキャンペー ンを計画しています。
 
 バナーを張りたい人はこちらへ。

Posted at 時刻: 10月 04, 2007 on 2007/10/04 | 0 コメント | Filed under:

スナフキン

昔どこかで聞いて、ずっと覚えていることばがあります。

「よいきこりはたった一つだけ大きな傷をもっている。
 ゼロではなく、ふたつでもなく、みっつでもない。
 たったひとつだけ。」

スナフキンが言ったことばだといいなぁと思ってる。

Posted at 時刻: 10月 03, 2007 on 2007/10/03 | 0 コメント | Filed under:

沢尻さんのこと

最近ひどく叩かれてますね、あの人。

謝罪の文章を公開したりなんかして。
らしくないですよね。
とかいって、あんまり知らないんですけどね、あの人のこと。

僕の基本的なスタンスとしては、
女優さんなんてわがままでいいのかなって思ってます。
世間知らずの礼儀知らずでも、まぁいいのかなって思います。

世の中には、まわりの空気を一瞬にして変えてしまったり、
その人がいると思わず背筋が伸びてしまったり、
凍りついたように視線を動かせなくなってしまったり、
無意識のうちに人々をひれ伏してしまわせるような
「美人」というのが存在します。

そんなひとは普通に日常生活できないはずなので
自然と芸能界みたいなところへ吸い込まれるのだと思います。
そういう人ばかりではないでしょうけど。

そういう人たちは、基本的に「雲の上の人」であるべきだと思います。

それが最近の悪しきバラエティ番組や好感度ランキングの影響で
一般人のほうへ降りて来すぎてるような気がします。

もうね、バラエティ番組に出てバカ話したり舞台挨拶に出たり
雑誌のインタビューに答えたりブログ書いたりとかして、
こっちへ降りてこないで欲しい。

で、そういう態度を「生意気だ」とかいうのは間違ってると思う。

Posted at 時刻: 10月 02, 2007 on 2007/10/02 | 2 コメント | Filed under:

UNIQLOCK



とりあえず貼ってみた。

ひと月ぶりの更新がこんなんでスミマセン。

Posted at 時刻: 10月 02, 2007 on | 0 コメント | Filed under:

AutoPagerize + LDRize ですよ。

うろ覚えなんですが、確かアップルのユーザーインターフェイスの担当者が、マウス中心の操作による作業と、キーボードショートカット中心の操作による作業を比較した結果、ビギナーもヘビーユーザーも含めたすべての被験者において、マウス中心の作業の方が効率的にすばやく作業ができることがわかったそうです。この結果はいくら実験を重ねても変わらなかったそうです。うろ覚えですけど。

で、ホントにそうなのかなぁと思いまして、ためしに職場の PC で livedoor Reader を見るとき、マウス中心の操作に切り替えてみました。

記事表示エリアにマウスカーソルをおいて、スクロールホイールで記事をスクロールしていきます。気になる記事を見つけたらピンを立てずに記事タイトルをホイールクリックして背面タブに開いていきます。そのサイトの記事を最後まで読んだら左手で「w」キーを押して次のサイトへ進んでいきます。

結果的に、この方法で読んだほうが快適に素早く操作できました。ただ、自宅のノート PC にはマウスをつないでないので、そっちでは今でもあいかわらず l, l, l, l, p, l, l, k, l, w, l, l とやってますけどね。

ピンの使い方としては、最近ではもっぱらは回線が遅くてマシン能力の低い自宅で立てて職場で一気に読む、ということになっています。

あと「o」したとき、古いピンから順番に、さらに開いたタブがアクティブにならずに完全に背面で作業してくれるともっといいのになぁと思います。たぶんなんか方法あるんだろうけど。

で、ようやく本題なんですが、今日この記事を読んで、

ためしてみましたよコレ。
で、わかったんですよ、LDR のキーボードショートカット的操作の快適さの本質が。

それは記事を読み進むとき、あるいは写真を次々と見るとき、視線の位置を動かさずに済む、というところです。これによって、なんといいますか、脳の別な部分が刺激される感じになります。普通に、ズラーっと並んだ記事タイトルや写真を上から下へ眺めていくのと違って、次から次へとカッカッカッカッと目から脳へ飛び込んでくる感じになって、脊髄に届く、みたいな感じです。

あんまりコレばっかりやってると、どこかがおかしくなってくるような気がするのですが、なんか気持ちいいのは確かで、眠っていた部分が無理矢理起こされるみたいな感じがします。でもやりすぎには注意。でも気持ちいい。←注意

■ 追記
ステイタスバーのグリモンアイコンを右クリックして「ユーザースクリプトコマンド」から「toggle smooth scroll」をチェックすると、カッカッカッ感がアップして脊髄直撃度が増します。あと、背景に一行飛ばしで色がつくのですが、この色を「eeeeee」あたりにしたほうが、さらに LDRized されるような気がします。

Posted at 時刻: 8月 24, 2007 on 2007/08/24 | 4 コメント | Filed under: , , ,

たぶん TV → WEB → TV だと思う。

この記事を読んで思ったこと。

テレビとネットの比較をするときに思い出すのがスティーブ・ジョブズの有名なことばです。たしかこんな風だったはずです。

「ひとは自分の頭のスイッチをオフにしたいとき、テレビのスイッチをオンにする。ひとがコンピュータのスイッチをオンにするのは、頭のスイッチをオンにしたいときだ。」

上の記事でもネットのオンデマンド性について述べられていますが、それを的確かつ明快に表したことばだと思います。

いまの僕はどっぷりとネットに浸かって、ほとんど中毒的なネットの住人になっています。
たしかに今、ネットは便利で面白いし、テレビはつまらなく見えます。でもずっとそうかというと、たぶんそうではなくて、ファッションや音楽の流行が繰り返すように、きっとそのうちネットよりもテレビの方が面白いってときがくるような気がしています。
少なくとも、テレビに対するネットの絶対優位はいつか崩れて、融合と棲み分けができるでしょう。

ある流行の中にいるとき、そのとき流行しているものが完璧にカッコよく感じられて、昔の流行はありえないくらいダサく見えたりしますが、それに似た状況のような気がします。

で、その変化のキーになるのは、コンピュータがどうしてもパーソナルなものになってしまうのに対して、テレビは同じ空間にいる複数人による「ダラ見」ができるところだと思います。

そんなの当たり前みたいだけど、結局そこを行ったり来たりするんじゃないかなぁ。

Posted at 時刻: 8月 18, 2007 on 2007/08/18 | 0 コメント | Filed under: ,

チリとチリリ うみのおはなし

子供が読めとせがむので、図書館で借りてきた本を読んでやりました。それがこの絵本。

チリとチリリうみのおはなし

きれいな絵を見ながら、さぁーっと読んでやりました。

絵もちょっと不思議だけど、お話自体もちょっとどこか引っかかるいい話だなぁと思っていると、もう一度読んでくれというので読んでやりました。
いろいろと気になるところがあって、こっそりもう一度読もうかと思っていたのでちょうど良かったです。
2回続けて読んでくれなんて、あんまり言われないんですけどね。

で、2回目は絵の細かいところをじっくりと見ながらゆっくりと読みました。
読み終わると思わずにっこりしてしまうような、いい話ですよ。
それにとても涼しげなので、暑い夏に読むとピッタリかも。


Posted at 時刻: 8月 04, 2007 on 2007/08/04 | 0 コメント | Filed under:

ロシアにはやっぱりなんかある

一時期は熱に浮かされたようにハマっていたタンブラーですが、最近はちょっと落ち着いてきて、いい感じに生活の中に溶け込んできました。

タンブラーで脊髄反応的にクリップしたりリブログしたりしていくと、自然と自分のもっている美意識が浮き彫りにされていることに気づかされます。これにはピクッときたけど、これにはこなかったってことがあったりして、そのときの気分による場合もあるけど、自分はこういうのが好きで、こういうのが嫌いなんだなぁということがおぼろげに見えてきます。

で、いろいろなものが見えてきたわけなんだけど、その中でも大きなひとつが、どうも僕はロシア的なものに惹かれる傾向がある、ということでした。

最初に気づいたのは、「ロシアントイカメラ」と呼ばれる「Lomo」で撮影したような、ちょっとピンボケで発色が少しおかしくて、その色がちょっとにじんでて、どこかロマンチックでセンチメンタルな雰囲気のある写真に惹かれてしまうことです。そのことに気づいてからしばらく、その類の写真をクリップしないように努めたことがあるくらいです。

で、そのあとに気づいたのが、ロシアのモデルさんを撮った写真やロシアの風景を撮った写真に惹かれてしまうことです。Lomo 風じゃなくてもいいみたいでした。どこかにほんのりと漂っている病的な雰囲気に惹かれているみたいでした。

そうこうするうちに、ロシアの普通の人たちが写った写真や、日常の風景や、ロシア語の文字にさえも惹かれ始めていきました。

Lomo の写真が Lomo 的である原因は、カメラ本体のつくりのチープさに起因していて、要するに「たまたま」だってことになっていて、その肩の力の抜け具合がまた「かわいー」という評価を受けてるわけですが、僕は最近、あれにはロシア的な美意識がきっちり作為的に作用しているような気がしてなりません。

なんなんだよーロシアー。

参考リンク

Posted at 時刻: 8月 03, 2007 on 2007/08/03 | 0 コメント | Filed under: ,

マイナーチェンジ

ちょこちょことマイナーチェンジをしてみました。といってもどこが変わったのかわからない方がほとんどじゃないかと思いますが。

まず、これまで個別記事ページに貼っていたリンクシェアの画像を全部取っ払いました。理由はカンタン。収益が上がらないから(爆)です。

で、それを取っ払ったあとのページトップのスペースには、これまでトップページに表示させていた Flickr のバッジを表示させました。こうした途端に Flickr へのアクセスががっつり増えました。このとおり(↓)

Statr for Flickr graph

それからサイドバーの下のほうには Amazon のインスタントストア・ウィジェットを貼りました。120×240 のユニットをふたつ並べています。インスタントストアで54種類選んだオススメ商品がランダムに表示されるのですが、たまに同じものがふたつ並ぶことがあります。強力にオススメしてる感じでいいんじゃないかと思っています。

あと、いつもお世話になっているクリボウさんの以下のふたつの記事を参考にして  FeedBurner へのリダイレクトと最近のコメントの表示をしてみました。
クリボウさん、有意義な記事をいつもありがとうございます。

Posted at 時刻: 7月 31, 2007 on 2007/07/31 | 2 コメント | Filed under: ,

日本人に生まれて

これ(↓)読んで、あーわかるわかる、って膝叩いてる人多いんじゃないかと思います。

僕は以前にこんな記事を書いたくらいのひらがなマニアで、この感覚がわかりすぎるほどわかったので、ミクシィ日記に書いたら思いのほか反応がなくて、しょんぼりしたのでこっちへ書いてるわけで。

こういう感覚って、日本人にしかわからないものだろうと思います。

いくら日本語勉強しても、どんなに流暢に日本語しゃべって読み書きできても、たぶんアルファベットの国の人たちにはには理解できないんじゃないかと思います。

なんだか、日本人に生まれてよかったナーって思った。

Posted at 時刻: 7月 28, 2007 on 2007/07/28 | 0 コメント | Filed under:

大人になった

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中学生くらいのころ毎年夏の恒例の家族旅行の途中 、どこかの海岸を走る車の中から夕暮れの海を見て 「なんか、きれいだなぁ。」と思ったとき、 あ、俺もちょっと大人になったかなぁ、と感じた。

それまでは景色を見てきれいだなんて思ったことは これっぽっちもなかった。

そんなことを思い出しながら、このまえ小5の娘に、景色を見てきれいだと思ったことがあるかと聞いてみた。

すると驚いたことに「ある。」と答えた。

そんなことどこで思ったのかと聞くと 、僕が気に入って何度か連れて行ったことのあるココだった。

へぇー、って思った。

Posted at 時刻: 7月 16, 2007 on 2007/07/16 | 0 コメント | Filed under: ,

ネットフェンス

こういうの (↓)を日本ではネットフェンスと呼びます。

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echo park: fence (via jek in the box)

針金をひし形に編んで出来上がってます。
これだと大人の靴でもギューギューねじ込むようにすると、ひし形が広がって足を掛けることができるようになるので、このフェンスによじ登って乗り越えたことがある人も多いのではないでしょうか。

そして誰かに登られたあとのネットフェンスは、穴が広がってしまってとてもだらしなく見えます。

それを嫌がってか近年では、針金を縦横に垂直水平に溶接してつくった網を使ったメッシュフェンスと呼ばれるフェンスが多く使われるようになりました。横幅の狭い縦長の格子になっていて、子供の靴でも 突っ込むことができません。

垂直水平の格子は均質でクリーンなイメージを演出し、実際にネットフェンスと比較して耐久性も高く、設置してから10年以上が経過していても、設置した時と姿がほとんど変わらなかったりもします。

一般的にいえばネットフェンスよりもメッシュフェンスの方が優秀だといえるでしょう。僕もつい最近までそうだと思っていました。
でもね。最近気づいたんです。ネットフェンスの方がずっとずっと絵になるってことに。
上の写真みたいに全体的に緩んできてて、塗装も剥げかかってきていて、朽ち果てる一歩手前みたいな感じで、手前から奥へ危うげなパースがついていて、手前のネットにピントが合って奥の景色が無駄ににじんだりして。

なんでしょうか、このセンシティブな感じは。メッシュフェンスなんかにはマネのできない芸当だと断言できます。
あ、あと、こっちからあそこへドーンとぶつかったときにネットが網のように伸び縮みして衝撃を和らげてくれるような、そんなやさしげな印象もありますね。

とかいってますけど、もし自分の敷地にフェンスを立てるようなことがあったとしたら、迷わずメッシュフェンスを選ぶだろうとは思いますがね。

Posted at 時刻: 7月 08, 2007 on 2007/07/08 | 0 コメント | Filed under:

使命感のこと

このまえ責任感とか使命感とかのことを書いたら、「私は、責任感のほうが好きだなぁ。」なんていうひともいて、うーん......、となってたんですが、今朝「あ、これだ!(ピカーン)」というのを見つけたのでご報告。

これです。

使命感には、このカチーンって要素がちょっと含まれてる気がします。「ちょっと」なんてちょっと控えめに書いてみたりして。

使命感を抱く動機にはたぶん、カチーンとかイラッとかがあって、それが納得いかなくてほっておけなくて、どうしてもそれを自分の納得いくようにしたくて、そのためには自分自身のことも自分の大切なもののことも一瞬忘れてしまうような、そんな衝動が使命感なんだと思います。

ちょっと前に、特急電車の中で女性が見知らぬ男性から嫌がらせをされ続けて、その女性がそのことをまわりの乗客にも伝えているのにずっと嫌がらせ をされ続けた、という事件がありましたけど、あれはあそこにいた誰にも、その女性を助けなければならないという使命感が沸きおこらなかったってことなんだ と思います。
同じ車両に乗っていた乗客たちにも、その状況を車掌に伝えにいった乗客にも、その状況を伝えられた車掌にも。

たぶんそこに居合わせた人たちはみんな考えたと思います。
「いま自分はどうするべきなんだろう。自分の身を挺してまで、あの女性を助けに行かなければならない責任があるだろうか。自分はたまたまここに乗り合わせただけだ。自分はたまたま運悪くこの列車の車掌だっただけだ。いや、そこまでしなければならない責任は自分にはない。」

そんなふうにして、みんなの責任感だけが満たされたのかもしれません。自分にその責任がないことを確認すれば、その人の責任感は満たされてしまうわけです。正しいかどうかは別にして。

ちょっと意地悪な考え方ですけどね。

Posted at 時刻: 6月 28, 2007 on 2007/06/28 | 0 コメント | Filed under: , ,

責任感、とか

なにかをするときによく「責任感」があるかどうかが問われるけど
ホントのところ、「責任感」なんてあんまりたいしたものではなくて

ホントに世の中を動かしてるのは「使命感」なんだ。


「使命感」に駆られて行動する人が登場したとき
家族も、クラスも、会社も、社会も、大きく躍動的に変化する。

Posted at 時刻: 6月 26, 2007 on 2007/06/26 | 0 コメント | Filed under:

ふつう、ということ

この記事を読んで考えたことを少し書いてみます。

家内とは大学時代からの付き合いで、彼女に出会ってから18年が経ちました。その間に半年間だけ、僕の都合でまったく会えなくなった期間がありました。
長距離バスから降りて半年振りに彼女に会ったとき、彼女はいつものように微笑んで迎えてくれました。特別じゃなく、いつもの微笑で。そのあと喫茶店に入ってたわいのない話をして、それからカラオケへ行って歌を歌いました。
それはそれで楽しかったんだけど、半年振りの再会がもっと特別なものであることを期待していた僕は、その不満を正直に彼女に話しました。すると彼女はこんなことを言いました。

 「なにか特別じゃなくて普通に過ごしたかったの。」

ふぅんそうなんだ、と僕はいまいち納得いかないまま、彼女に合わせることにしました。彼女と付き合い始めてから約2年後、いまから16年前のことです。

一月ほど前、タンブラーでこの記事を読んで、
こんなことを書きました。
これを書いたときようやく、あぁ、あのとき彼女はこういう気持ちだったのかなぁと気づきました。

好きな人と、好きな場所で、好きなものを食べたり、好きな音楽を聴いたり、好きな歌を歌ったり、笑ったり、たまにケンカしたり、怒ったり、怒られたりしながらふつうに過ごすのって、とても気づきにくくて忘れてしまいがちだけど、とてもしあわせなことなんだ。

Posted at 時刻: 6月 25, 2007 on 2007/06/25 | 0 コメント | Filed under: ,

Copy とか Copyright とか

レコードやカセットテープ、ビデオテープやフィルムの時代。複製は必ずオリジナルよりも劣化しました。そういう意味で、オリジナルはコピーに対して明らかな優位性がありました。おそらく著作者も出版元もレコード会社も、ある意味安心していられた時代でしょう。

しかしCDが登場し、DVDがあらわれ、CDRやDVDレコーダー、HDレコーダーが普及しはじめて、感覚的にはほぼ劣化なしにコピーをつくることができるようになりました。最近はCDを買ってきたらすぐにリッピングしてパソコンに取り込み、CDそのものはブックオフへ売ってしまうという人も増えているそうです。
極論をいえば、CDやDVDなど「モノ」の価値が急激に下がってしまい、音楽であれば、その楽曲そのもの、あるいはその楽曲がつくり出すグルーブ感や高揚感、そしてその楽曲を生み出したクリエイターをリスペクトする気持ちなど、「モノ」ではなく「コト」と呼ぶべきものだけが残ったのかもしれません。

アナログからデジタルへの転換のなかでこのような変化があったわけですが、技術の進歩はとどまることを知らず、今日、この記事を書くきっかけとなったニュースがありました。

いま建築の世界では、先端を行く建築家たちによって3Dモデリングが盛んに行われています。スタディーから詳細設計の一歩手前までが3Dモデラーで行われたり、その途中で精巧に作った模型をレーザー光線で3Dマッピングしてデータ化したものを図面化するような手法がとられていたりもします。ゲーリーのビルバオ・グッゲンハイムなどがそうです。
このままの勢いで技術の進歩が加速していけば、そう遠くない将来「立体コピー機」なんてものが登場するような気がします。そのコピーは、触覚や嗅覚を含む五感すべてを満たしたバーチャル空間に存在するものかもしれません。
普通の会社の普通の係長補佐とかが、できあがった商品の立体コピーに触りながら「このコピー機、質感の再現力がもうひとつだよなぁ」なんてつぶやく日がきそうな気がします。

Copy とか Copyright とかについて考えるとき、そんな将来のことも頭の片隅においておくといいような気がします。もしそんな日がきたら、今度はいったい誰が安心していられなくなるんだろう。

Posted at 時刻: 6月 22, 2007 on 2007/06/22 | 0 コメント | Filed under:

おれは「ガンガレ」ということばが好きすぎる。

インスパイア元

よく似たことばで「ガンバレ」がありますが、あれは油断していると上から目線になりがちで、応援しているのかもっとやることを要求しているのか分からなくなりがちです。そして言われたほうは、自分的にはもう結構がんばってるのにまだまだなのかなぁ、と落ち込んだりしがちです。

それに対して「ガンガレ」あるいは「(,゚Д゚)ガンガレ! 」は、どういうわけか上から目線にはなりにくく、ちょっとへりくだった感じになります(当社比)。当事者と同じかちょっと下の立場から、あるいはちょっとアホになった感じで、純粋に応援している気持ちが前面に押し出されます。おれもガンガルからおまえもガンガレ!みたいな。でもホントはおれはガンガらないんだけど、それを見透かされていることは了承済み、みたいな。てへっ、みたいな。

Posted at 時刻: 6月 21, 2007 on 2007/06/21 | 0 コメント | Filed under: ,

ネイティブっぽく話すために

この記事を読んで、前からずっと思っていることを少し書いてみます。

英語の発音でまずやるのが「th」とか「r」とか「wh」だと思うのですが、ハッキリ言ってこれらはあとまわしでも良さそうです。というのは、このへんの発音はネイティブの5~6歳くらいの子供たちでも発音できてないことが結構あったりするのです。
これは大人たちに「この子はこの発音ができてないから、この音に置き換えて」聴く耳ができあがっているということだとも考えられます。その「聴く耳」は外国人に対しても当てはめてもらえますので、しばらくは甘えることにしましょう。

で、このへんをあとまわしにしてまっ先にマスターするべきなのが「a」です。「a」にもいろんな音がありますが、最も重要なのが「え」の口をして「あ」という「a」です。
最初は「ぇあ」と言うくらいでいいかもしれません。ポイントは日本語ではありえないくらい口を横に広げること。そして気持ちのテンションはかなり高めです。
いかにも英語をしゃべれそうなDJやアナウンサーというのがいると思いますが、それはあの人たちの「あ」がうっすらとこの「ぇあ」になってるからではないかと思われます。

そ してこの「a」が、英語をしゃべる人たちの独特な顔の表情や、テンションの高さや、英語を音として聴いたときのノリやグルーブをつくりだすモトになってい ると思います。そして2歳児だろうが3歳児だろうが、ネイティブの子供たちはみんなちゃんとこの発音をマスターしています。

試しに、発音に注意しながら「Apple」と言ってみると、自分がスティーブ・ジョブスになった気がします。(個人差があります)

逆に、簡単なようで侮れないのが「t」の発音。お店で「battery」が通じなくて困ったことがあります。バンテリンとか持ってこられるし。あれには参った。

Posted at 時刻: 6月 15, 2007 on 2007/06/15 | 0 コメント | Filed under:

妄想運転

たとえばの話。たとえばの話です。

Guns & Roses っていうバンド名が、そのバンドのあるメンバーの好きな小説の好きな場面の中に出てくる好きな言葉からつけられていたとして(ホントの Guns & Roses はそうじゃないと思うけどホントにそうかもしれない)、雑誌のインタビューかなんかでそのことを話したりする。

インタビューでそんなことを話すくらいだから、そのときそのバンドはノリノリでイケイケな感じで、で、そのときその小説家もノリノリの状態だと、そのエピソードがその小説家とその小説のステイタスをぐっと高めることになりそうです。理想的にはその小説家が死去したあとだったりするのがいいのかもしれません。こういうのウィン・ウィンの関係とかいうんでしょうか。

しかしその小説家はまだ存命で、すっかりスランプに陥って書けなくなっていて、見るも無残にどん底に落ち込んでいて、その一方でバンドの方はまだまだノリノリの絶好調だったりして、そこでその小説家が「おい、そのバンド名はオレの.....。」なんてことをいいだしたりなんかすると、もうその小説家のイメージはすっかり地に落ちてしまって再起不能になるよなぁ。

なんてことを、このまえ車を運転してるときにラジオで Guns & Roses を聴きながら妄想しました。ええ、ええ、ちゃんと安全運転ですともさ。

Posted at 時刻: 6月 12, 2007 on 2007/06/12 | 0 コメント | Filed under: , ,

説明する文化、しない文化

北野武監督が「その男、凶暴につき」を撮ってしばらくたったころだと思うのですが、雑誌のインタビュー記事の中でこんなことを言っていました。記憶の糸を辿りながら北野武口調で再現してみます。

「日本ってのは『暗黙の了解』の文化なんだよ。いわゆる『言わなくてもわかるでしょ』ってやつ。映画を撮るときも日本人は、背景の説明なしにいきなり始めたりする。それがハリウッドでは、あっちは多民族国家だからかどうか知らないけど、まずは説明からはじめるんだ。これはヨーロッパへいってもそう。国境を接した言語も文化も違う人たちに対して、まず説明からはじめるんだ。」

みたいな感じだったと思います。それを読んで僕は「な~るほど~」とやたらと納得したのを覚えています。で、さらに彼の撮った映画を観てさらに納得しました。

なんでこんなことを思い出したかというと、クールなウェブサービスってだいたい極端に説明が少ないということに気づいたからです。
Google の検索サービスにしても、最近ハマっている Tumblr にしても。とにかく好きなように使ってみてよ、スゴいから、とでも言われてるみたいな感じ。
明るくて見つけやすい場所に洞窟の入り口があって、中に入ってみたらすでにみんながたくさんいる広ーい場所があって、その先にはいくつもの細くて長い洞窟が続いていて、たくさん枝分かれしたり繋がりあったりしてる、みたいな感じ。どんだけ~、みたいな。

で、こういうウェブサービスってほとんど海外のものなんですね。日本人がつくったのは妙に説明が多くて、説明だけでもうおなかいっぱいですってのが多いような気がします。
そんな中で、HATENA の Rimo はかなりいい線いってたんじゃないかと思います。あんまり見てないけど。

ソフトウェア開発においては、先程の北野監督が言っていた日本と欧米の文化の違いが、まったく逆になっているような気がします。どうなんだろう?

Posted at 時刻: 5月 31, 2007 on 2007/05/31 | 0 コメント | Filed under: , , ,

情報の賞味期限

「情報の賞味期限」がどんどん短くなってきている、っていうのをどこかで聞きました。

インターネットの普及とブログの登場によって情報を発信する人の数が爆発的に増え、情報の広まり方がそれまでとはまったく違うものになってしまったそうです。旬の情報は一気に広まりますが、その旬は極端に短く、また別の「旬の情報」へと人々は移動していきます。
ちょっと前にすごく話題になった話なのに、もうずいぶん昔のことのように思えるってこと、増えてませんか?

僕の情報収集源は Feed Reader です。最近は livedoor Reader を愛用しています。気になるニュースサイトやブログを見つけたらドンドン登録し、ショートカットキーを使って情報のシャワーを浴びるように流し読んでいきます。
その中で気になったものは「はてなブックマーク」したり、最近では Tumblr にポストすることも多くなってきました。
大量の情報が僕の中を通り抜けていって、その中で引っかかったものが「はてブ」や「Tumblr 」にクリップされ、それらのクリップが作用しあって増幅したときに、こうしてブログに記事を書く、というのがパターンになっています。

そういう意味で Tumblr の Dashboard は、良質な情報のシャワーを浴びながら、クリップと情報発信とコミュニケーションを同時に行うことができて、ものすごい場所だってことが言えます。

その一方でこんな話が気になっています。

 小説以外のメディアが小説を超えているように見えるのは、それらのメディアの提供する情報の総量が、圧倒的に小説を超えているからじゃないかと僕は思っています。それから伝達のスピードが、小説なんかに比べたら、もうとんでもなく速いですね。おまけにそれらのメディアの多くは、小説というファンクションをも、自己のファンクションの一部としてどん欲に呑み込んでしまおうとする。だから何が小説か、小説の役割とは何か、という本来的な認識が、一見して不明瞭になってしまっているわけです。それは確かです。
 でも僕は小説の本当の意味とメリットは、むしろその対応性の遅さと、情報量の少なさと、手工業的しんどさ(あるいはつたない個人的営為)にあると思うのです。それを保っている限り、小説は力を失わないのではあるまいか。時間が経過して、そのような大量の直接的な情報が潮を引くように引いて消えていったとき、あとに何が残っているかが初めてわかるのだと思います。(「村上春樹、河合隼雄に会いにいく 」129ページ)

なにを隠そう、僕はいまだに携帯電話を持っていないという、いまの日本ではもう天然記念物的な存在なわけですが、そのお陰で出張の電車の中などでは本を読んでいることが多いです。情報雑誌を読むこともありますが、小説を読むことのほうが多いです。文庫本はかさばらないし、なによりも時間が長持ちします。
そして村上春樹さんがおっしゃるように、いい小説を読んだとき、こころにずっしりと残る、ことばにすることがとても難しい、あのよくわからないものって、いつまでたってもずっしりと残ってるんです。

どっちがいいとかどっちが悪いとかじゃなくて、いまの僕にとっては「どっちも」大事です。たぶん「どっちか」だとあんまりよくないような気がします。

Posted at 時刻: 5月 23, 2007 on 2007/05/23 | 2 コメント | Filed under: ,

トンネル

車でトンネルを抜けるのが好きだ

明から暗へ 暗から明へ

増幅されるスピード感

流れていくオレンジ色のライト

頭上で回る巨大なタービン

リアルな非日常

お手軽な近未来

Posted at 時刻: 5月 18, 2007 on 2007/05/18 | 2 コメント | Filed under:

ReBlog 論

その後もあいかわらず Tumblrハマっております。

で、ReBlog なんですが、「論」ってほどのものではなくて、全然まとまっていなくて、モヤモヤしっぱなしなワケですが、記事タイトルなので無駄にキャッチーにしてみました。

Tumblr をはじめるとまず引っかかるのが ReBlog です。
誰かの Tumblelog に気になる記事を見つけたら、まずその記事のパーマリンクを表示して右上の ReBlog ボタンをクリック。で、そのまま左下の ReBlog Post をクリックしてもいいし、その記事に好きなように手を加えてから(!!)Post してもいい。Dashboard ではもっと簡単で、Friends の気になる記事を見つけたら、そこへカーソルをホバーすると表示される ReBlog アイコンをクリック。で、Post 。最短2クリックで Reblog 完了です。なんだこれ。

この前も書きましたが、各々の Tumblelog では、その記事が ReBlog されたものなのかどうかはまったくわかりません。でも写真や動画、引用されたテキスト、どこかから読み込んだ Feed などであれば自動でオリジナル(?)へのリンクが付加されるのでいいのかなぁという気がしました。Dashboard で見ればそれが ReBlog であることと ReBlog 元も確認できるわけだし。(ReBlog が重複したり、もと記事に加工したりするとちょっと怪しいですが)それで書いたのがこの文章。

が。んが。上のように初稿が Tumblr で書かれたテキストだったりすると、これが ReBlog されたときにはかなり怪しいことになってきます。あぁ、オレもうわからんようになってきたよ、ってションボリしかけました。ReBlog 時に加工されたりすると、さらにわからんよーということになります。で、こんなことにもなります。
もうね、オリジナルってなにさ、ってことになってくるワケです。
で、こういう意見も出てきたりしますよ。
なるほどなー、と考えていて思い出したのがコレ。
Tumblr のシステム設計者の頭の中に Tropy 的なもののビジョンがちょっとでもあったとしたら、これはスゴいことです。

で、この記事を書いて気づきました。ブログに記事を書くときって引用することがためらわれるなーということ。気軽に引用しにくいなーということ。で、できあがった記事はリンクの羅列。わざわざクリックして読みに行く人がどんだけいるのか、と。  どんだけ~。

Posted at 時刻: 5月 17, 2007 on 2007/05/17 | 0 コメント | Filed under: ,

Tumblr にハマる

おもしろくてしょうがないんですけどコレ。

で、できたのがコレ。
僕が探した中で Tumblr についてもっともわかりやすく説明されているのはこの記事。



“はてブ”以上、ブログ未満

コレ(↑)はまさにその通り。Tumblr にのめりこみ始めてからというもの、僕の場合は「はてブ」もミクシィ日記もブログのエントリも減り始めているような気がします。なんだか Tumblr にクリップしただけで満足してしまいます。

なんでしょうか、このオモシロさの正体は。おぼろげに見えてきているのは、Dashboard と ReBlog になにか秘密がありそうだ、ということです。
  • シンプルだけどツボを押さえた高機能な Bookmarklet によってお手軽ポスト。
  • やる気になればどんどん拡張できるテンプレート。
  • Feed の出し入れが簡単すぎて怖い。そのおかげで自分のまとめサイトみたいに使ってる人がいますが、そういう使い方はそのうち廃れていく予感。
で、ここまでは今までもいろいろとあったような気がするんです。Tumblr が違ったのはここから。
  • おもしろクリップを連発する人を見つけたら迷わず Friends に登録。「友達」じゃなくても「Friends」でOK。自分が誰かから Friends に登録されると Followers として表示されるため「Tumblr 疲れ」発生の予感がしますが気にしない。
  • Dashboard は Feed Reader 替わりとして使えます。お気に入りの Friends のクリップをどんどん見られます。Feed Reader には情報がたくさんあるけど「ひと=Clipper」の存在が希薄。Dashboard には「ひと=Clipper」の存在が強く感じられます。
  • ここでスゴいのが「効果的な引用」と「写真」の威力の強さ。動画は微妙。はてブみたいに記事タイトルにリンクがついたのが並んでるだけのはクリックする気がしない。
  • Dashboard で気になる記事を見つけたら「ReBlog」 ReBlog した記事を自分のサイトで見ると、それが Reblog であることはまったくわかりません。でもそれはそれでいいみたいです。ちょっと前に Yahoo ! Blog で問題になった「転載」機能とはちょっと意味合いが違いそうです。Dashboard で見ると ReBlog した当事者同士はもちろんのこと、Friends たちにも ReBlog したことが一目瞭然だからです。
  • で、ReBlog されると、なぜだかとってもうれしい。(←これ重要)
  • あと、Friends が知らない人の記事を ReBlog してて、その記事がまたいい感じだと、どんどん Friends が増えていくよー。・・・よー。
ということで、僕がどんなふうにハマっているのかお分かりいただけたでしょうか。

Posted at 時刻: 5月 13, 2007 on 2007/05/13 | 16 コメント | Filed under: ,

恥ずかしい落書き

大学に通っていたころ、ある先輩が泥酔して寝入ってしまい、顔を軽く叩いても、ほっぺを軽くつねっても、鼻の穴にティッシュを詰めても起きなくなってしまった。
それをいいことに別の先輩がその先輩を全裸にして、顔はもちろんのこと体中に恥ずかしい落書きをしてしまった。

ここまではよくあることですね。(←そうなのか?)

二日酔いで痛む頭を抱えて昼前に起きた先輩は、自分の姿を見て驚いた。そして洗面所へ行って鏡に写った自分の顔を見てさらに驚いた。
こんなに酔ったらいつもなら夕方近くまで寝ているのに、昼前に起きたのはその午後に絶対に落とせない体育の授業があったからだった。体育だけに代 返は効かない。体育だけに出席さえしていれば落とすことはない。しかしもうすでにバイトの都合なんかで何回か休んでいて、もう休むことはできない。そして それは必修授業だ。

先輩は皮膚が剥がれ落ちんばかりに顔をこすりまくった。必死の形相とはこのことだ、と周囲のみんなは思った、というのは嘘で、恥ずかしい落書きのお陰で、その姿はまったく深刻なものに見えなかった。
そしてついに、そのあまりに恥ずかしい落書きは落とすことはできず、その先輩の留年は決まったのでした。


というエピソードを思い出しました。この写真を見てたら。
http://ziza.ru/2007/05/07/steb.html

Posted at 時刻: 5月 10, 2007 on 2007/05/10 | 0 コメント | Filed under: , ,

SEXY なクルマ

SEXY なクルマ、というのが存在します。

ファッションや宝飾品など、身にまとうもので SEXY さを漂わせるものはありますが、クルマのような大きなサイズのもので、無骨になりがちな機械が SEXY さを漂わせるのは珍しいことでしょう。
クルマと人間との関り方の特殊さを感じさせられます。

たとえば、ポルシェやフェラーリ、ジャガーあたりのいくつかのクルマがそれに当てはまると思います。

思わず手で撫でたくなるような、あるいは頬擦りでもしたくなるようなグラマラスなボディライン。角度を変えたりしながらうっとりと眺めていたくなるような美しいフロントフェイス。走り出したら追いかけずにいられなくなる、誘うようなリアヴュー。飽きずに聞き惚れてしまう、からだを震わすようなエンジン音。

こんなクルマに、いつか乗れるようになってみたいものです。

Posted at 時刻: 5月 07, 2007 on 2007/05/07 | 0 コメント | Filed under: ,

コトノハのこと

エスカフラーチェLLCOHIDAさんがやってるコトノハのことです。

コトノハ - Hot:最近人気のコトの RSS を Feed Reader で受け取って、気になったコトに答えたりなんかして楽しんでたわけですが、最近になってようやく、コトノハの楽しみかたってホントはこーじゃん!ってのに気づきました。要するに「コトを Post すると断然おもしろい!」ってことです。

あるとき、ハッと思いついて突然 Post してみたんですよ。ふたついっぺんに。
ひとつはコレ。

もうひとつはコレ。
それ以来まだ Post してませんがね。(自爆)

で、上のなんかはこのブログではちょっとアクセスのある記事のタイトルそのままで、「コト」投稿者である僕のコメントにはその記事へのリンクが貼ってあります。で、その記事はというと、
アクセスはあってもコメントはついてません。セルフコメントだけ。はてブコメントも、らぶさんだけです。それがどうでしょう。コトノハではコメントつきまくりです。当たり前といえば当たり前なんですが。○か×かというお手軽さが効いてるんでしょう。それにこれはブログ記事のタイトルということで、ちょっと意識的に煽り気味になってるので、そのあたりにカチンときたりショボンとなったりしてるのが分かります。

発信することの意味を再認識させられた気がします。

Posted at 時刻: 5月 01, 2007 on 2007/05/01 | 4 コメント | Filed under:

TagClick のこと

このサイトでは TagClick のサービスを利用して各記事にタグをつけています。過去に書いた記事を整理する意味で。自分のために。えぇ、自分のためですとも。
だってアクセス解析によれば、このタグがクリックされることがほとんどないんですから。ということで、ずっとサイドバーの上のほうに表示してあったのですが、だいぶまえにフッターへ移動しました。
そりゃ場所が悪いんだよって話もあるでしょうが、すぐ近くにある無駄エロリングのバナーはいっぱいクリックされてますから、もう。

愚痴はこの辺にして。
で、これとは別に(これが問題です)各記事の下に「tags : 」ってのがあるんですが、これは Technorati のタグでして、これをクリックすると Technorati へ飛びます。記事を書いてすぐなら違うでしょうが、公開してからしばらくたったら僕の記事なんてどこにもありません。これじゃ読者の皆さんもなんのことかわかりませんよね。まぁこのタグもほとんどクリックされてないんですが。(←また愚痴ってる)

本来ならここにあるのは TagClick のタグであるべきです。なぜ Technorati のタグなのかといえば、Technorati で便利な Bookmarklet が公開されているからです。TagClick から同じような Bookmarklet が公開されればすぐにそっちへ乗り換えます。いやまて。長いものには巻かれろ的に Technorati へのリンクは生かしたい。でも Technorati のと TagClick のタグがふたつ並ぶのは納得いかないし、もっとエレガントな方法がないだろうか。たぶんあるはずなんだけどなぁ。(←他力本願寺)

久しぶりのエントリがこんなんでホンマスンマセン。

Posted at 時刻: 4月 23, 2007 on 2007/04/23 | 0 コメント | Filed under:

いちいち訊ねるな。ですか?

我が家では、朝食に目玉焼きを焼くときには、誰もなにも言わなくても僕のぶんには「スパイシーソルト」とかいう名前のスパイシーなソルトがかかって出てきますし、この4月に5年生になった娘のぶんにはしょうゆがかかっていますし、5歳の息子のぶんには塩がかかっています。
あ。家内の目玉焼きになにがかかっているのかはわかりません。なぜでしょう。

最後の部分はさておき、日本の文化ってそういうものだったと思います。人の好みを覚えておいて、2度目からはいちいち訊ねないで好みに合わせてくれる。良くも悪くも、そういう文化というか、そういう心遣いを善しとする風潮が日本にはあったし、今でもまだあると思います。

高級な旅館に泊まると、浴衣のサイズはもちろんのこと、好みのお茶の種類や、食事のときに頼むお酒の種類、使用するタオルの種類、タオルをかける場所などが逐一控えられていて、2度目に泊まるときには最初から好みのものが好みの場所に用意されている、というのを聞いたことがあります。

僕は子供のころに「ラボ・パーティー」という、英語劇をやったり国際交流をする教室(?)に通っていたんですが、その流れで中学1年生の夏休みに1ヶ月間、アメリカのある家庭にひとりきりでホームステイするという体験をしました。
そんな教室に通っていたって英語なんてまったくしゃべれないし、いったいどうなってしまうのかとても不安だったのですが、結果的にその1ヶ月間はとても楽しく過ごすことができましたし、コミュニケーションに困ったことはなかったような気がします。

その半年くらい前から、その夏にアメリカへ行く子供たちが集められて、いろいろな準備をさせられました。日本のことを理解してもらえるような手作りのお土産を作ろうとか、アメリカのことをなにか調べてみようとか、そういうことです。
そんななか、過去にホームステイを体験した人から印象深い話を聞きました。その人がいうには、アメリカでは毎朝、朝食の前にやたらと質問されたそうです。毎朝。
あなたなにを飲むの?ミルク?コーヒー?オレンジジュース?紅茶? パンにする?それともパンケーキ?シリアル? パンはトーストにする?パンにはなにを塗るの? という感じだったそうです。それも毎朝。
そのときまだ小6だった僕には、その話の意味がもうひとつわからなくて、ただ、へぇー訊かれるんだぁ、という感じでした。僕がホームステイした家庭では毎朝、子供たちが勝手に戸棚を開けて好きなシリアルを選び、ミルクをかけて食べるということになっていたので、なにも訊かれることがなかったのですが。

その話をした人は、アメリカと日本ではこういうふうに文化が違うんだよ、考え方が違うんだよ、毎朝気分によって食べるものを変えることがあったりするんだよ、個人が尊重されるんだよ、みたいなことが言いたかったようです。

どっちが良くてどっちが悪いとかってことではないと思います。ただ、そういうことがあった、というか、あったらしいということで。最近ちょっと気になる文章を読んだものですから。

インスパイア元

関連するかもしれない過去の記事

Posted at 時刻: 4月 06, 2007 on 2007/04/06 | 0 コメント | Filed under:

H & A とは

Google や Yahoo! で検索してみると、いろいろとでてきます。

岩井俊二監督の映画「花とアリス」が別名でこう呼ばれていることがわかります。他にはシャンプーのブランド名であったり、「Home & Away」だったり「Herb & Aroma」だったり、有機栽培をしているグループの名前だったりします。

いずれにしても、なにか説明がないと何のことなのかわからないところが共通しています。そしてこれは、僕がウェブで使うハンドルネームを考えたときの狙いそのものなのです。

これまでにあまり見たことも聞いたこともない、そっけない無機質な記号の組み合わせで、でも一度見たら忘れらないくらいに覚えやすくて、その意味を想像することが難しくて、でも説明されれば、あ、なるほど、となるバックグラウンドストーリーがちゃんとあって、でも人それぞれに解釈する余地がちゃんとあって、文字では明快なんだけど口に出して読むとちょっとまどろっこしくて、そのうちに略して読んでもらえそうな感じ。

もともとこれは、僕の本名「Hideki ANDO」をもじったものです。最初は「hando」でした。「jkondo」みたいな感じで。これは今でもまだ、僕のはてな id として残っています。7・8年くらい前に「はてなアンテナ」を使うためにつくったものです。
英語で「手」を表す「hand」をローマ字で書いたようで、手を使って仕事をする僕としてはちょっと気に入っていたんですが、本名が表に出すぎている感じがして、その頃のネットの風潮を考えるとちょっと気になっていました。その風潮は最近ちょっとずつ変わってきているでしょうか。

そのあと3年前にブログをはじめるときにブログタイトルとともに考えたのが、このハンドルネームです。すくなくとも、ここから本名を想像することは難しくなりました。
でも「H」と「A」は僕の名前のイニシャルで、「&」も僕の苗字を表していなくもありません。そしてこの3文字は、水平線と垂直線、斜線と曲線という、グラフィックデザインをするのに必要な純粋要素を効率よく表しています。
それから「& A」の部分は「& Associates」を表していることにできなくもなくて、独立を目指している僕が、それを実現したときの屋号にもなりそうでした。

それになによりも。たいして更新もしていないこのブログが、「H&A」で検索してこの位置にでてくるのは、この意味不明のハンドルネームのおかげによるところが大きいような気がします。

Posted at 時刻: 4月 04, 2007 on 2007/04/04 | 0 コメント | Filed under:

ミニシアター

このまえ一人で札幌へ出張に行った。

やらなければいけないことは昼前にすっかり終わってしまったので、昼食を食べる手ごろな店を探して歩いているときに偶然見つけたミニシアターで映画を観ることにした。
いや、そのまえにちゃんと、店の前に何人かの行列ができている「屋台風」をうたったラーメン屋でラーメンを食べたんだけれど。

「シアターキノ」という名前のそのミニシアターでは、そのとき2種類の作品が上映されていて、その中から僕は「善き人のためのソナタ」という作品を選んで観ることにした。

ベルリンの壁崩壊直前の東ドイツで、健全な社会主義国家を保つという名のもとに国家ぐるみで行われていた市民に対する盗聴などのスパイ行為の内容が描かれていた。
ある敏腕スパイが、ある劇作家の部屋を盗聴し、彼とその恋人である舞台女優との会話や行為から感じられる自由で健全な思想に触れることによって次第に自らの行為を恥じ....。というのがその映画のあらすじだった。

久しぶりにしっとりとした映画を観られて良い気分だった。あまりにいい気分だったので、駅へ向かう帰り道の途中で Apple Store Sapporo に立ち寄り、iPod shuffle を購入してしまった。
そろそろ雪も溶けてきたので再開しようと思っている自転車通勤で活躍してくれるだろう。

Posted at 時刻: 4月 03, 2007 on 2007/04/03 | 0 コメント | Filed under: ,

マッシュアップ

やってみました。

で、できあがったのがこちら。
わはははは。なかなかいい感じじゃないでしょうか。

記事の中に画像がまったくないのが本家と決定的に違うところ。あとはだいたい似たような感じじゃないでしょうか。(←ホントか)

今日はエイプリルフールということで、なにかやろうと思ったんですが何も思いつきませんでした。朝からいろんな方のいろんなネタを見てまわってるんですが、やっぱりデイリーポータル Zのネタのクオリティはさすが。ハズレなしです。中でも地味にこれが好きかも。

Posted at 時刻: 4月 01, 2007 on 2007/04/01 | 0 コメント | Filed under: ,

悪い景観、だそうです。

こんなのが発表されてました。

この悪い景観たちを、僕はどれもわりと好きだったりします。

そこが21世紀のアジアの都市だってことを考えると 、どれもアリに見えてきませんか?

現代の日本の風景を無理矢理に欧米風にする必要はないし 、大昔の日本風にする必要もありません。

欧米人がアジアの都市の風景に感じる魅力は、 混沌の中にあるエネルギッシュさだったりします。 縦書きのカンバンはエキサイティングです!とかいって。
ただ、欧米人がそれを好きだからってそれに従う必要もないわけですが。

僕は好きですよ。 鉄塔も電柱も電線も極彩色の看板も。

アジアの混沌といえば九龍城砦です。大学生の頃に、ある雑誌の特集で九龍城砦の妖しいモノクロ写真たちを見て衝撃を受けたことを思い出します。

その一方で、日本の古都の風景も、ヨーロッパの古城も、 ザハ・ハディドみたいな現代建築も好きなんですけどね。

Posted at 時刻: 3月 30, 2007 on 2007/03/30 | 0 コメント | Filed under: ,

時空のねじれ発生装置

なーんだコレ。

負圧が働いてるらしいです。
負圧も働いてるだろうけど水圧も働いてるだろう、 とイマイチ納得できない感じですが 、そこは現実にそうみたいです。うーむ。

金魚に手から直接餌をやるくらいは 小さな水槽なら上からいくらでもできるわけですが、 この水槽のスゴいところは、 上で書いたとおりの、全体を見たときの小窓部分の不思議感と 、餌をもらうために小窓から顔を出した金魚の上目遣いの姿が、 どこかねじれて見えるところです。

なんだこれは。
時空のねじれの狭間で禁断の行為に耽っているような 、背徳感が漂うような漂わないような。

なんかこれ、想像力を刺激されすぎて怖いです。

Posted at 時刻: 3月 28, 2007 on 2007/03/28 | 0 コメント | Filed under:

さくらん

昨日、映画「さくらん」観てきました。

椎名林檎の音楽が見事にハマってました。
土屋アンナの花魁道中のときのロックなBGMがあまりにもピッタリでビックリしました。
エンディングの兄妹デュエットもよかったです。

花魁としては土屋アンナよりも、菅野美穂や木村佳乃のほうが好みかな。
そんなことはどうでもいいですか、そうですか。

花魁を彩るモチーフとして「さくら」「金魚」「生け花」などが登場します。
それらを使って蜷川実花独特の色彩感覚が見事に表現されていたのですが、裏のモチーフとして「月」があったような気がします。
「色」をぐっと落とした夜のシーンでは必ず、とても印象的な「月」が姿を現していました。

結局、男も女も、人間はみんなどうしようもないってことが描かれていたのかなって気がします。でも。ビバ人間!

Posted at 時刻: 3月 25, 2007 on 2007/03/25 | 0 コメント | Filed under: ,

Disney CraftPunch

コレかなりいい感じです。

伝言メモの最後に記入者である自分の名前を書いて、その横にコレをパンチ。

ちょっと慣れてきてコレが自分のアイコンとして認識され始めたら、もう名前の記入はナシでパンチだけでよくなるかも。

職場の女の子(いないけど)からこんなメモ残されたら一発でヤられます。

やっぱしここはシンプルに丸みっつのミッキーのがいいでしょう。

Posted at 時刻: 3月 24, 2007 on 2007/03/24 | 0 コメント | Filed under:

Snap 効果

Snap を導入してからしばらくたちますが、最近目に見えてある効果がでてきました。

Snap 導入時の記事にも書いたとおり、このサイトでは個別記事ページにリンクシェアからもらってきた広告画像をいくつか貼り付けていますが、この広告のクリック数が劇的に増加したのです。
ただリンクシェアの場合、ほとんどの広告主はクリックだけでは報酬を出しませんので、まだ報酬につながった例はありませんが。

それでもクリックしてくれないことには何も始まらないわけで、ちょっと期待が膨らんでしまうところです。

特に伸びているのが、記事の下に5つくらい並べて貼り付けた Apple Store などの小さなショップリンクです。マウスの行きやすい場所なのか、ポップアップが出て思わず「おや?」ということになるのでしょうか。

ということで、思わぬ効果のお知らせでした。

Posted at 時刻: 3月 16, 2007 on 2007/03/16 | 0 コメント | Filed under:

プリーズ

国際線の飛行機に乗ると食事のときに、青い目をした金髪の乗務員さんに「Beef or Chicken ?」なんて聞かれたりします。
ちょっと考えたあとに「Chicken.」なんて答えたりするわけですが、これを「Chicken, Please.」として、さらにスマイルを付け加えたりすると好感度があがる、というのをどこかで聞いたことがあります。

というか、プリーズもスマイルもないのは日本人か中国人くらいのものらいしいです。うーむ。

考えてみれば、日本人が日本の食堂に入って注文をするとき、「カレー。」とかやっているのをよく目にします。正しくは「カレーください。」ですね。
日本語でできないものを英語でやれといっても無理なものです。

日本ではいつからこんなに「客」が偉くなったんでしょう?

過去の関連記事

インスパイア元

Posted at 時刻: 3月 15, 2007 on 2007/03/15 | 0 コメント | Filed under: ,

「うまい」ということ

うまいものをうまいと言える人でありたいと思います。
この場合、うまいは「旨い」であったり「美味い」であったり「上手い」であったり「巧い」であったりします。

たとえば「美味い」の場合。

僕はたいていのものを「うまい」と思って食べます。「美味い」という字で「うまい」のは、かなり「うまい」場合であって、それ以外の場合でもだいたいが「うまい」です。
これはたぶん、僕が食いしん坊で、基本的に食べることが好きで、たいていの場合ハラペコだからだと思います。
ごくまれに、ものすごくまれに「まずい」ことがありますが、この場合はそのことにはあまり触れないことにしています。

世に言う「食通」のみなさんが、自分の食べたものについていろいろと述べているのを見たり聞いたり読んだりすることがありますが、まずかったという感想にはあまり興味がありません。
僕が興味があるのは、それがいかにうまかったかをいかに表現するかです。そのためにはいろいろな味の表現を知らなければならないし、いろいろな食材を知らなければならないし、実際にいろいろなものを食べてみて、それがどんな味だったかを記憶していなければなりません。

これは「旨い」にも「上手い」にも「巧い」にも当てはまります。
なかなかできることではありませんが、「うまい」ところをみつけて、それがいかに「うまい」かをうまく表現できる人になりたいと思います。

インスパイア元

Posted at 時刻: 3月 13, 2007 on 2007/03/13 | 0 コメント | Filed under: , ,

ぼくの「おふくろさん」

この記事を読んで、いろいろと考えてしまいました。

森進一さんが問題の歌のことを『ぼくの「おふくろさん」』と呼ぶこと自体はまったく問題ないと思います。ただ、その発言が作詞家さんと森さんの関係を悪化させる引き金になったのは確かなようです。
そのため、この発言がやたらとメディアに取り上げられてているので、歌い手さんが自分の持ち歌を自分のものだということが間違っているかのように誤解されてしまうのが嫌で仕方ありません。

建築の世界に携わっていると「あの建物は俺がやったんだよぉ。」という人がたくさんいることに気づきます。設計した人も、設計補助した人も、ゼネコンの人も、施工図を描いた人も、すべての職人さんたちも、みんな「俺がやった。」と言います。その建物の出来が良ければ良いほど「俺が」率は上がります。
僕はそれでいいかなぁと思っています。「俺が」っていう人が多ければ多いほど、その建物がたくさんの人に愛されているということだと思うから。

歌でいうと、たとえば幼稚園児にモノマネされるとか、スタンダードとしてたくさんのミュージシャンたちにカバーされるとか、そういうのがその歌が受ける最高の行為だと思います。その歌がどれだけ「みんなのもの」になったかってことでしょうか。

「おふくろさん」はかなり「みんなのもの」になっているのに、こういうことが起こってしまってとても不幸だなぁと思います。

Posted at 時刻: 3月 08, 2007 on 2007/03/08 | 0 コメント | Filed under: ,

封印

仕事場では iTunes で音楽を聴いています。

毎朝の日課は、現時点では3883曲、11.7日分、15.62GBの 巨大なライブラリの中から、その日の気分に合わせて 曲をピックアップし、プレイリストを作ることです。

これまではずっとライブラリをアーティスト名順やアルバム名順に並べ 、その中から気に入ったものを選んで 10時間分くらいの長さのプレイリストを作り、 それをシャッフルして聴くことが多かったのです。

しかし毎日それをするのが面倒なのと、 どうしても聴く曲が偏ってくるのが嫌になってきて、 今週の頭くらいからは曲名順に並べて、こっからここまで! と選ぶようにしてみました。

当然ながら、思いがけない曲が選ばれることになります。
自分のライブラリなので、自分の好きな曲ばかりなのですが。

全曲シャッフルにするのとなにが違うのか、 と聞かれるとちょっと困りますが。

そうしたら今日、 あることがあって以来、長いあいだ封印していた サザンオールスターズの「慕情」がかかりました。

思いがけず再生され始めたその曲を聴きながら 、もう封印を解いてもいい時期がきたんだな、と思いました。

たいていのことは時間が解決してくれるんですね。

Posted at 時刻: 3月 03, 2007 on 2007/03/03 | 0 コメント | Filed under: ,

別れの理由

くるりのギタリスト・大村達身さんが脱退しましたね。

岸田さんがその経緯について日記に書いてます。

目指す音楽がズレてきた、というのが大きな理由だけれど、でも実はそれよりももっと大きいのが、一緒に過ごした時間の中での細かくて小さなたくさんのズレの積み重ねだった、ということみたいです。
そしてそのズレは、音楽に限ったことじゃないみたいです。

彼はこの別れを、恋人との別れになぞらえています。
いつの間にか魔法が解けてしまったのだろう。

そして、別れは辛いけど、これはバンドにとって必要な新陳代謝だと結論づけています。

それから、同世代のバンドが解散や活動停止する中、くるりが転がり続ける明確な理由を
くるりが結成当初やりたかったことと今のくるりがやろうとしていることが天然記念物並みに変わっていないからだ。

としています。

うん。

彼らの作品にはたくさんの名曲がありますが、僕にとっての最高傑作はいまでもデビューシングルの「東京」です。

まだまだ目が離せなさそうです。

Posted at 時刻: 2月 27, 2007 on 2007/02/27 | 0 コメント | Filed under: ,

Snap 導入してみました

サイトデザインをするとき、絶対に無視できないのが画像の存在です。

いくら文章の内容が優れていても、文字だけがズラズラと並んでいるサイトはとっつきにくいものです。すっきりとしたレイアウトの中に、アイキャッチのために効果的にきれいな画像が配置されていると、なんだか読んでみたい気持ちになるから不思議です。

しかしものぐさな僕は、記事を書くときに記事内に画像を貼り付けてレイアウトを整えたりするのが面倒なので、つい文字ばかりの記事を書いてしまうことになります。

そのあたりのことを考えてこのサイトでは、メインページではトップ下に正方形に整形された Flickr に投稿した自分の写真を配し、個別記事ページでは LinkShare からいただいてきた広告画像を配しています。広告画像を貼るときには色とサイズを整えて、ガチャガチャとした印象にならないように心がけています。

個別記事ページでは、定期的に広告画像を入れ替えることでサイトの印象をガラリと変えることができるので気に入っています。広告画像以外にあまり画像を使っていないために手に入れることのできた効果です。たまにはものぐさなのもいいものですね。

とはいえ、気になったプロダクトを紹介するときなどは、そのプロダクトの画像がないとなんのことなのかサッパリわからないことがあります。そんなことにはお構いなしに、これまではそのプロダクトを扱っているサイトへのリンクだけ貼って終わりにしたりもしていました。

しかし、最近いろんなサイトで導入されていて気になっていた Snap というサービスをこのサイトでも導入してみたら事態が変わりました。

たとえば最近書いたこの記事。

激しくものぐさ感が漂うリンクにマウスオーバーすると、みごとにプロダクトの画像を表示してくれます。なんという便利なっ!
この吹き出しがうっとうしくてしょうがない方は、吹き出しの右上の "Options & Disable" をクリックすると、吹き出しが表示されるまでの時間を調整したり、表示しないように設定することができます。
あと、サイト内のリンクには吹き出しを出さない仕様のようです。

ということで、このサイトでは記事内から画像がドンドンなくなっていきそうです。

Posted at 時刻: 2月 26, 2007 on 2007/02/26 | 0 コメント | Filed under: ,

もう、家に帰ろう/藤代冥砂

この前ヴィレッジ・ヴァンガードで見つけました。
読んだだけで買ってませんが。(爆)

ミスチル桜井さんの帯コメントが気になって手にとってみました。
中身は、愛の生活の記録でした。

僕はあんまり人を撮らないんですが、こういうのっていいなぁと思いました。

思い出したのは、原由子さんのこのアルバムジャケット。

MOTHER
アーチスト: 原由子
レーベル: ビクターエンタテインメント
価格: ¥ 2,850
桑田佳祐さんが撮ったというモノクロの彼女の表情は、たぶん桑田さんにしか見せることのない「素」の表情。

この本は、藤代冥砂さんの妻でありトップモデルでもある田辺あゆみさんの「素」の表情で溢れてます。

もう、家に帰ろう
もう、家に帰ろう
  • 発売元: ロッキングオン
  • 価格: ¥ 2,625
  • 発売日: 2004/04
  • 売上ランキング: 39670
  • おすすめ度 4.5

Posted at 時刻: 2月 23, 2007 on 2007/02/23 | 0 コメント | Filed under: ,

「にょろ」効果

伊藤ガビンさんの2月15日付けの先見日記に激しく同意するので書いてみます。

僕が「~」を入力するときは「から」変換していますが、「~」を声に出して読むとすればやっぱり「にょろ」だと思います。

ただ最近ミクシィ日記を書くときなんかは「~」ではなくて「ー」を使うことが多いです。といいますか「~」はほとんど使わなくなってきました。
「そーゆーことかー」って書くのと「そ~ゆ~ことか~」って書くのとでは、だいぶ印象が違いますね。「そーゆーことかー」のバカっぽさと感情を殺した感じが好きで、「そ~ゆ~ことか~」の何かに媚を売ってるみたいな感じが好きじゃありません。

そんなような感じで「~」を使うことが減ってきていたのですが、ガビンさんの日記で「~」に対する認識がガラリと音をたてて変わりました。
ということで、激しく同意した部分を引用します。

たとえば、打ち合わせに遅れそうだとするじゃないですか(←遅れるな)。というかもう始まっている時間だとするじゃないですか。そうすると携帯にね、
「ガビンさん、今どこですか!?」
みたいなメールが来るわけですよね(←その前に連絡をいれるべきです)。
その時にさー、
「あと10分で着きます。」

「あと10分で着きます~」
のどちらを選ぶか、だ。
前者はね~、こわいのよ。感情が見えないからさー。
「あと10分で着きます。」
えー? 逆ギレですか??
みたいな怖さがありますでしょう? 考えすぎ?
「あと10分で着きます~」 
うんうん、その「にょろ」に込められた「もうしわけなさそうな感じ」とか、「半笑いの態度」、うんうん、わかるよ~。少なくとも敵意のないのがわかるよ ~、いいよ、いいよ~。まあ、そんな「にょろ」効果に、オレは全面的に甘えていきたいと思ってるわけです。「にょろ」は効率がよい。というかね「にょろ」 部分にこめられた思いをきちんと文字にして書こうとすると、私の文章力ではたくさんの文字数が必要になってしまうわけですよ。そーゆー長いの読みたくない ばかりか、最大の欠点として、
「すいません。電車が混んじゃって、あと10分で着きますので、僕に関係ない議題から先にはじめておいていただけますでしょうか? もうしわけないです」
って書いているうちに、現地に着いちゃったりするわけですよ。もったいないから会議の席上からメールしたりしてね。ひと笑い頂戴したりして。そんな笑いが欲しいわけではない。

うわっ。ちょっとだけ引用するつもりが、省くところがなくて長々と引用してしまいました。ガビンさんの文章って、実は無駄がないんです。
それから「~」と「ー」がものすごく的確に使い分けられているのがわかりますね。

ということで、『「にょろ」効果の効率の良さ』に激しく同意します。

Posted at 時刻: 2月 20, 2007 on 2007/02/20 | 2 コメント | Filed under: ,

気になったプロダクトふたつ

はてなアンテナに登録して、新しいアイテムが追加されるたびに見に行っている「AssistOn」で見つけました。

まずはコレ。

「部屋で使うバスケット」と紹介されてますが、僕が反応したのは紹介文の一番最後のところ。このバスケットは、ひろげると約1メートル四方のシートになるんですね。
このバスケットに簡単なランチをつめて散歩に出かけて、気に入った場所を見つけたらこれをひろげてランチタイム。なんて使い方を思い浮かべてしまいました。
大きさ的にはふたり用くらいでしょうか。
ただ、敷物に使うとちょっと汚れが気になるので、別にビニール製の敷物を敷いた上に、かわいさとクッション性とあたたかさをプラスする感覚でコレを敷くのがいいかもしれませんね。

なんだか、見てるだけでにっこりしてしまうプロダクトです。

次はコレ。
こんなちょっとした遊び感覚が家の中にあると、生活が楽しくなりそうですね。

Posted at 時刻: 2月 18, 2007 on 2007/02/18 | 0 コメント | Filed under: ,

こちら側のどこからでも切れます

最近よくこういうのを見かけます。

_______________________
↑こちら側のどこからでも切れます    <






コレはやっぱしこうでないとイカンと思うのです。

VVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVV|
↑こちら側のどこからでも切れます     |
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どうでもいい話でした。

上のアスキーアートもどきをやってみたかっただけです。
すいません。

Posted at 時刻: 2月 15, 2007 on 2007/02/15 | 0 コメント | Filed under: , ,

野ばら/奥田民生

大阪で勤めていた頃にある後輩が「いやぁ、民生の野ばらがやたらといいんッスよぉー」といっているのを聞いて、へぇーと思って聴いてみたけど、ふぅーんって感じだった。

さっき仕事中に「野ばら」を聴いて「うぉぉー、コレ名曲じゃん!」って思った。
あれから10年ほど経ってようやく、僕はあの後輩の感性に追いついたってことみたいだ。

淡々とした曲だ。
盛り上がりというものがどこにもない。
とにかく淡々とした曲だ。
それがあのとき僕に響いてこなかった理由だろう。
あの頃の僕は、歌詞を聴くってことがほとんどなかった。

遠くに住む誰かの街の天気を天気予報で見て、自分の住む街の天気と照らし合わせながら、その誰かに思いを馳せる男の歌だ。

机の上には野ばら。
花屋で買ったばらじゃなくて、どこかで摘んできたばら。
野ばらだ。

「サンダー」「ウィンター」「あんたー」と韻を踏んで言葉遊びをしているのは、最後の歌詞を歌うための照れ隠しだろう。

「いい調子でやってるかな」って想うのも想われるのも、なんて素敵なことなんだろう。

FAILBOX
FAILBOX
  • アーチスト: 奥田民生
  • 発売元: SE
  • 価格: ¥ 1,841 (5% OFF)
  • 発売日: 1997/07/01
  • 売上ランキング: 22187
  • おすすめ度 5.0

Posted at 時刻: 2月 09, 2007 on 2007/02/09 | 0 コメント | Filed under:

ミクシィとかアフィリエイトとかアドセンスとか

このところブログの更新が滞っております。一昨日はかなり久しぶりの更新になりました。ミクシィ日記はやたらと更新しているので、脳みそが停滞しているということではないみたいです。

ミクシィにはあしあと機能がついていて、誰がいつ読んでくれたかがよく分かるし、コメントもたくさんもらうことができるので、どうしてもそっちへ書いてしまうのかもしれません。

不特定のたくさんの人に読んでもらうよりも、限定された何人かのひとに確実に読んでもらえる実感の方が、僕にとってはうれしく感じられるようです。

もし僕のミクシィ日記に興味のある方がいらっしゃるなら、サイドバートップの ABOUT メニューの Another Side というプルダウンメニューの中に、僕のミクシィトップページへのリンクがありますのでどうぞ。

そんなかんじで更新を滞らせながら、一昨日のブログパーツの導入の前にも、実はこちらへもチョコチョコと手を入れていました。

まず「秋元@サイボウズラボ・プログラマー・ブログ: Google AdSenseの規約がさらに窮屈に」を読んで、楽天へのリンクに手を入れました。サイドバーにある Google Adsense の250×250のユニットの下にあるのがそうです。
250×250のユニットに3段のリンクが表示されたときなんかは、Adsense のユニットにこんなサイズのあったっけ?って思うくらい、楽天のリンクが Adsense にソックリだったんですが、Google AdSense の規約変更でかなりヤバい感じが漂ってきたので、楽天のリンクの頭に「■」を追加してみました。

これでこのリンクが Google のじゃないのがよく分かるようになったと思います。(←ホントか?)Google さんコレで許してちょーだい。なにしろこのサイトで一番の稼ぎ頭がこの楽天のリンクなんですよ、なにげに。

あと「Google Adsense ブラックリスト日本版 Beta」の存在を知って、アサマシい僕はさっそく導入してみました。なんとなく収益が上がってきたようなそうでもないような微妙な感じです。

Google Adsense といえば、このまえ書いた「神戸の震災のこと」のどこかにNGワードがあったらしく、この記事には Adsense がまったく表示されません。代替広告に設定しているあまなつのリンクが出てます。これだけ画像が表示されると、ページがガチャガチャな感じになってきますね。うーむ。

Posted at 時刻: 2月 07, 2007 on 2007/02/07 | 4 コメント | Filed under:

【まる・てん.てん・】

一発でキュンときてしまったので、衝撃的にサイドバーに貼り付けてみました。

サイドバーにあるユニット内の "【まる・てん.てん・】する " をクリックするとどんなものなのかわかります。


さあ。

星になろう。

そして、つながろう。


って感じでしょうか。

僕の環境では、Firefox ではうまく表示されません。IE では大丈夫なんですが。なぜだろう?

このサイト以外では Firefox でも表示されるので、このサイトになにか問題がありそうです。

なんだろう?

Posted at 時刻: 2月 06, 2007 on 2007/02/06 | 4 コメント | Filed under:

ゆうれいホテル

今朝、出勤中の車内で聞いたラジオで、詩人・俵万智さんがエッセイ集に書いたエピソードが紹介されていました。

彼女はよく子供に絵本を読み聞かせてあげるそうです。
友人からプレゼントされた「ゆうれいホテル」という絵本という本があったそうで、そのホテルのレストランのメニューには「血のゼリー」とか「新鮮 なゴキブリのタタキ 脳みそ添え」とかがあって、彼女なら絶対に選ばない類の内容の本だったのですが、この本が子供に大ウケしたのだそうです。

読み終わったあとにも、家の中の暗がりを見つけて「あそこにゆうれいホテルがあるかな?」などとおもしろがって話しかけてきたそうです。その子はかなり想像力を刺激されてしまったようです。

親が本を選ぶと、どうしても心優しい善良な主人公がいたり、教訓めいた物語を選んでしまいがちです。
もちろんそういうものも大切なんだけど、そればっかりじゃ常識で凝り固まった人間ができあがってしまいます。

毒も、エロも、グロもあって人間なんですよね。

そんなことわかってるはずなのに。自分のことも。他人のことも。

でもそれを認めたくない部分もあって、ややこしいですね。

調べてみると、どうもコレ(↓)みたいです。作者は海外の方ですね。


ゆうれいホテル
  • 発売元: 大日本絵画
  • 価格: ¥ 2,205
  • 発売日: 1997/01
  • 売上ランキング: 921

Posted at 時刻: 1月 26, 2007 on 2007/01/26 | 0 コメント | Filed under: ,

かもめ食堂/群ようこ

昨年の映画公開期間中のラジオでのプロモーションをを聴いて気になっていて、さらに最近DVD化されて、この映画がいいという評判をいろんなところで聞いて、年末年始の休暇中には絶対に観たいと思っていました。

そのことを家内に話してみると「私も気になっていた。」とのこと。妙なところで気が合います。

我が家のDVDプレーヤーは現在壊れてしまっているのでビデオしか観れません。(無理すればパソコンで観れるけど)
年末にビデオ屋に行ってみたら「かもめ食堂」はDVDでしかリリースされていないみたいで、さらにそのDVDも、たくさんあるのに全部借りられている状態でした。

そのあとも家内は、子供と一緒にビデオ屋へ行くと必ず「かもめ食堂」をチェックしているようですが、いつも出払っているそうです。そうとうな人気ですね。

そうこうしているうちに、図書館で見つけた、といって家内が原作本を借りてきてくれました。

さっそく読み始めてみたら、最初の10ページ目くらいの、合気道の師範をしている主人公のお父さんが、普段は料理なんかしないのに、朝早く起きて 主人公の遠足のためにごつい手でおにぎりを握る場面で泣けてきてしまい、これはヤバイ、ということで家で読むのは控えていました。

昨日は1日、建築基準法の講習会があって、そこでこっそり読みました。いや、こっそりでもないか。講師のみなさんごめんなさい。

で、ようやく読んだ感想ですが(前置き長過ぎ)、ずっと誰かの敷いたレールに乗っかって生きてきた人たちが、少しずつレールから外れて、自分の足で歩き始めるところが書かれているのかなぁと思いました。
主人公だけは始めからずっとレースから外れっぱなしなんですけどね。

あと、コレ読んだあとには無性におにぎりが食べたくなります。話の中ではずっとおにぎりの人気は上がらないんですが。

ツヤツヤに炊き上がった炊き立てのご飯を、手につけた塩だけでギュっと握った、具も何も入ってない、海苔も貼り付けてない、真っ白でホカホカの塩むすびが食べたい。


かもめ食堂
かもめ食堂
  • 発売元: 幻冬舎
  • レーベル: 幻冬舎
  • スタジオ: 幻冬舎
  • メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2006/01
  • 売上ランキング: 142724
  • おすすめ度 4.5

かもめ食堂
かもめ食堂
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  • 発売日: 2006/09/27
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Posted at 時刻: 1月 24, 2007 on 2007/01/24 | 0 コメント | Filed under: ,

iTunes Store の「今週のシングル」を侮るな。

最近、仕事中に iTunes で音楽を聴くことが多くなってきました。朝一の日課は、その日の気分に合わせて、その日1日分のプレイリストを作ることだったりします。

そんなわけで毎朝 iTunes を起動するのですが、たまぁに iTunes Store を覗きに行ってみたりもします。あんまり覗きにいくと色々と買いすぎてしまいそうなので、たまぁににしてます。

そんな僕のように、音楽にかけるお金を節約したい人にオススメなのが、iTunes Store の Home のど真ん中あたりにバナーが配置されている「フリーダウンロード 今週のシングル」です。これからブレイクするであろうニューカマーたちがピックアップされているのですが、そのチョイスが尋常じゃなくシブいです。
その選曲をひとことで表現するなら「ヴィレッジヴァンガードでオススメされてそうな感じ」といえばいいでしょうか。

昨年、僕がここからダウンロードした中でかなり気に入っている曲をいくつかご紹介します。

もうみなさんブレイクしつつありますね。

ここでまとめてみることができます。
たまにチェックしてみると、いいことあるかもしれませんよ。

Posted at 時刻: 1月 22, 2007 on 2007/01/22 | 0 コメント | Filed under:

神戸の震災のこと

あの震災のとき、僕は大阪の枚方というところに住んでいた。

大きな揺れを感じて目が覚めてしまった。のちの報道によれば、そのあたりは震度3だったらしい。それでも僕がそれまで感じたことのないくらいの大きな揺れだった。しかし、まったく固定されることなく置かれた本棚が倒れることもなく、それどころか棚の本が落ちてくることもなかったので、もう一度寝直すことにした。

1時間ほど寝て、胸がざわつくのを感じながらテレビをつけてみると、阪神高速道路が横倒しになっている映像が映し出された。なんだかまったく現実感のない映像だった。たぶん電車は動いてないだろうな、と現実的なことを考えながら、いつもよりは少しゆっくりめに出勤前の朝の支度を始めた。

テレビからは目が離せなかった。長田区で火災が起こっている様子が映し出されていた。そのテレビの情報によれば、僕が利用している私鉄はちゃんと動いているみたいだった。まさか、と半信半疑ではあったけれど、仕方がないので家を出ることにした。駅についてみると本当に電車は動いていた。

いつもよりも少し遅れはしたけれど、ほぼいつもどおりに出勤することができた。出勤途中に見える街の景色は、いつもよりも少し静かな印象で、現実感が希薄な感じだった。閑散とした、というほど静かではないのが、なんだかちょっと嫌な感じだった。

僕と同じように出勤することができたのは、ほんの数名だった。僕の家よりは震源に近い分だけ揺れが大きかったらしく、会社の本棚からはたくさんの本が落ちて床に散らばっていた。出勤できた数名で手分けをして、そんなものの整理が終わったのが昼過ぎだった。今日はもう仕事にならないだろうということで帰宅することになった。その頃になってようやく、自分の胸のなかに、なんだかすごく嫌な感じのするものがたまってきているのを感じた。

何名もの社員が被災して、中には自宅が半壊したものもいた。社員の中には「建築の仕事をしているんだから、この状態をちゃんと見ておいたほうがいい」といって、まだ交通機関が復旧する前に、阪神高速道路に沿って瓦礫の中を歩いて神戸まで見に行ったものがいた。その気持ちもわからないではなかったけれど、被災者の人たちの横を通ってそういうものを見にいくのはどうも気がすすまなかった。

そういったこととはまったく関係ないみたいに、仕事はいつもどおりの激務に戻っていた。震災復旧工事の設計や調査が多くなってきていた。僕が調査のために神戸を訪れた頃には、瓦礫はあらかた片付けられて、街はもうだいぶ元気や活力を取り戻しつつあった。神戸の人たちの表情が思いのほか明るいのが印象的だった。

ある被災者の言葉で、とても印象に残っている言葉がある。

その人は個人で設計事務所をやっていて、僕の勤務する会社の外注で図面を描いていた。その人が住んでいたあたりでは、日常生活がもとに戻るまでに比較的時間がかかったようで、長いあいだ飲料水や食料の確保に苦労しているみたいだった。
それでも仕事をしないわけにはいかないので、僕と仕事の打ち合わせをしに大阪まで出てきたときのこと。震災前とまったく変わらない様子で仕事をしている社内の雰囲気を見て、その人が笑顔でいった言葉が、
「ここへ来ると、自分が浦島太郎になった気分になるよ。」
だった。

ちょっと心が痛んだけれど、いつもどおりに打ち合わせを始めた。
あの言葉が今でも忘れられない。

Posted at 時刻: 1月 18, 2007 on 2007/01/18 | 2 コメント | Filed under:

Macworld Keynote 2007 Videocast を見てみた

iTunes Store のトップのど真ん中にドドーーンとあらわれたので、迷うことなくダウンロードして見てみました。 会社には光回線がきてるので、どでかいファイルも1時間ほどで落とせました。見るのにまた1時間ほどかかるわけですが。
会社でナニやってんのってツッコミはナシの方向でお願いします。

ファイルへのリンクとかファイルサイズとか詳しいことはこちらで。

J.B. の " So Good !! " というシャウトをバックにあらわれたジョブズの、朝の挨拶に続く第1声は、" James Brown ! " という神の紹介でした。そして " Welcome to Macworld ! " あー。始まって30秒ほどで、脳内にドーパミンが溢れ出すのを感じます。ヤバいです。
ショーの開始を告げるご挨拶として、僕が今まで最強だと思っていたのは、小西康陽の「ピチカートマニアのみなさんこんばんは。ピチカートファイブです!」だったのですが、今日から " Welcome to Macworld ! " に変更です。

そのあとに続く業務実績報告は適当にすっ飛ばして、Apple TV へ。
実は最近我が家のDVDプレーヤーがぶっ壊れまして、ずっとこれの発表を心待ちにしてたんですが、DVDレコーダーもTVチューナーもついてないんじゃダメですね。思いっきりがっかり。一緒に Mac mini を買えってことですね。予算オーバーです。
ということでここもすっ飛ばし気味に見て、いよいよ iPhone です。

これが手に入ったあかつきには、このときのジョブズよろしく " Boooon ! " って言いながら起動させる人が続出の予感がします。Boooon !
あと、スタバに電話してラテを4000杯注文したあとに " Just kidding. Wrong number. Thank you. Bye bye." もたぶん続出だと思います。スタバはもう覚悟しておいた方がいいと思われます。

これを見たあとに、自分の足取りがちょっとジョブズっぽくなってるのに気づいて、我ながらバカだなぁって思いました。ははは。

Posted at 時刻: 1月 14, 2007 on 2007/01/14 | 4 コメント | Filed under:

iPhone の憂鬱

「歴史に残るキーノート」と評判の高い、Macworld 2007 でのスティーブ・ジョブズのキーノートでiPhoneが発表されましたね。キーノートの素晴らしさと iPhone の素晴らしさの両方を手っ取り早く知るためには Engadget の以下の記事がオススメです。

10:29am - Google Mapsのデモ。観客はほとんど恍惚状態。椅子から落ちそうなくらい前に乗りだして舞台に注目。こんなプレゼンは見たことがない。

Engadget のこんなコメント見たことがない。

ところで、iPhone が素晴らしければ素晴らしいほど、日本のアップルファンやガジェットマニアの多くは憂鬱な気分に陥っているのが予想されます。僕自身もその中の一人です。なにしろアジアでの iPhone の発売は 2008年になるというのですから。さらにそのアジアと呼ばれる地域に、日本が含まれていない可能性が高いというのですから。

あー。あー。うー。もう、うなるしかありませんね。

そのあたりの詳しいお話は、以下をご覧ください。

Posted at 時刻: 1月 11, 2007 on 2007/01/11 | 4 コメント | Filed under: , ,

仕事始め

遅ればせながら。みなさん、あけましておめでとうございます。
今年もこんな調子のマイペースで、この場所で自分勝手に文章を書き続けていくつもりです。よろしくお願いします。

ところで、今日が仕事始めです。

社会人になってから初めて 、こんなに長い年末年始の休暇を過ごしました。 とても有意義に家族と過ごすことができました。

午前中、いつも地鎮祭に来てもらっている神主さんが会社にやってきて、 会社の神棚に向かって社員全員でご祈祷をしました。 全員、頭の上でワサワサやってもらいました。 基本的に単純なので、今年もいい年になりそうな気がしました。

ご祈祷のあとに運勢の話があって 、それによれば今年は運気が強すぎて 八方ふさがりの年だそうです。 母親や妻などの女性を大切にして 、身近な人と協力をしながら、 未来の発展のための種を作る年にすると良いのだそうです。

ところで、休暇中に映画「鉄コン筋クリート」を観てきました。

泣きました。 後半はずっと泣きっぱなしでした。 まわりにほとんど人がいないのをいいことに泣きました。 自分は結構泣くほうだとは思っていましたが、 ここまでとは思わなかったってくらい泣きました。

日本に住んでいる大人は全員観たほうがいいと思いました。 この映画を作った日本に住んでいて良かったと思いました。

それにしても空いてしました。 ロビーにはたくさんひとがいたので 、やっぱ人気あんだなぁと思ってたんですが 「鉄コン筋クリート」の上映までに ロビーにいた人たちはあらかたいなくなってしまいました。 みんな硫黄島へ行ったみたいでした。

僕が館内に入ると、 おばあちゃんに連れられた男の子がいました。 その時点で館内は、そのふたりと僕の3人だけでした。 うへーと思いました。

そのあと男の子を連れたお母さんがやってきて 合計5人の観客で映画が始まりました。

子供が見る映画じゃないのになぁと思っていたら 、やっぱり子供が見る映画じゃなくって 、途中で出て行くだろうと思っていたのに 全員最後まで観ていたので、 その点ではみんな偉いと思いました。

みんな泣いていただろうか?

Posted at 時刻: 1月 09, 2007 on 2007/01/09 | 0 コメント | Filed under: ,