ぼくの「おふくろさん」

この記事を読んで、いろいろと考えてしまいました。

森進一さんが問題の歌のことを『ぼくの「おふくろさん」』と呼ぶこと自体はまったく問題ないと思います。ただ、その発言が作詞家さんと森さんの関係を悪化させる引き金になったのは確かなようです。
そのため、この発言がやたらとメディアに取り上げられてているので、歌い手さんが自分の持ち歌を自分のものだということが間違っているかのように誤解されてしまうのが嫌で仕方ありません。

建築の世界に携わっていると「あの建物は俺がやったんだよぉ。」という人がたくさんいることに気づきます。設計した人も、設計補助した人も、ゼネコンの人も、施工図を描いた人も、すべての職人さんたちも、みんな「俺がやった。」と言います。その建物の出来が良ければ良いほど「俺が」率は上がります。
僕はそれでいいかなぁと思っています。「俺が」っていう人が多ければ多いほど、その建物がたくさんの人に愛されているということだと思うから。

歌でいうと、たとえば幼稚園児にモノマネされるとか、スタンダードとしてたくさんのミュージシャンたちにカバーされるとか、そういうのがその歌が受ける最高の行為だと思います。その歌がどれだけ「みんなのもの」になったかってことでしょうか。

「おふくろさん」はかなり「みんなのもの」になっているのに、こういうことが起こってしまってとても不幸だなぁと思います。


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