使命感のこと

このまえ責任感とか使命感とかのことを書いたら、「私は、責任感のほうが好きだなぁ。」なんていうひともいて、うーん......、となってたんですが、今朝「あ、これだ!(ピカーン)」というのを見つけたのでご報告。

これです。

使命感には、このカチーンって要素がちょっと含まれてる気がします。「ちょっと」なんてちょっと控えめに書いてみたりして。

使命感を抱く動機にはたぶん、カチーンとかイラッとかがあって、それが納得いかなくてほっておけなくて、どうしてもそれを自分の納得いくようにしたくて、そのためには自分自身のことも自分の大切なもののことも一瞬忘れてしまうような、そんな衝動が使命感なんだと思います。

ちょっと前に、特急電車の中で女性が見知らぬ男性から嫌がらせをされ続けて、その女性がそのことをまわりの乗客にも伝えているのにずっと嫌がらせ をされ続けた、という事件がありましたけど、あれはあそこにいた誰にも、その女性を助けなければならないという使命感が沸きおこらなかったってことなんだ と思います。
同じ車両に乗っていた乗客たちにも、その状況を車掌に伝えにいった乗客にも、その状況を伝えられた車掌にも。

たぶんそこに居合わせた人たちはみんな考えたと思います。
「いま自分はどうするべきなんだろう。自分の身を挺してまで、あの女性を助けに行かなければならない責任があるだろうか。自分はたまたまここに乗り合わせただけだ。自分はたまたま運悪くこの列車の車掌だっただけだ。いや、そこまでしなければならない責任は自分にはない。」

そんなふうにして、みんなの責任感だけが満たされたのかもしれません。自分にその責任がないことを確認すれば、その人の責任感は満たされてしまうわけです。正しいかどうかは別にして。

ちょっと意地悪な考え方ですけどね。


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