MacBook Air

いまごろなにを取り上げてるんだって話題ではありますが。林信行さんが書いた  MacBook Air のレビュー記事に違和感を感じる、という意見をチラホラ目にしたので。その話題の記事というのがこれ。

で、その違和感の元になっているのが、だいたいこのあたり。
MacBook Airは使い手を試す。もし(MacBook Airに)選ばれた人々は、マシンをひと目見ただけで「他人が言う評価はどうでもいい、自分はこれを買わなければ」と強く感じるはずだ。この究極にエレガントなマシンを持ち歩き、世の中に新しいライフスタイルを広めていく一員となることに強い意義を感じる――そういう人々は、自分の直感に従っていい。おそらくMacBook Airのパッケージを見た瞬間、ふたを開けた瞬間、その冷たいボディに手を触れた瞬間から感動が止まらないはずだ。
ぼくはまだ  MacBook Air の実物を見たことがないので、あんまりはっきりとした意見は言えないのですが、たぶんこれはずっと前に、はてなの伊藤 直也さんが PowerBook を使ったときに感じたと言っていた「いいもの使ってる感」が瞬間的に爆発した感じなんだろうと思います。

そしてそういう素晴らしいプロダクトが「使い手を試す」ことや「使い手を選ぶ」ことも納得できます。

超一流ブランドの洋服が着る人を選ぶ、というのはよく聞く話です。逆に「私はこの服を着続けるために食事の管理をしたりジムに通ったりして体型を維持してます。」なんて話もよく耳にします。

建築家の安藤忠雄さんは、住宅の設計を依頼してきた施主に対してまず「私の造る住宅は住みづらいですよ。不便だし、夏暑くて、冬寒い。家具どころか物も増やせない。そんな住宅を、あなたは住みこなす覚悟がありますか?」と聞くそうです。

世の中には、そこまでの苦労をしてまでも身につけたい服や、住み続けたい住宅があります。

MacBook Air は、それらと並ぶようなプロダクトなんだろうと思います。


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