淡々と記録する、ということ

このまえ書いたこの記事に関連して。

というのも、この(↓)記事を読んでいろいろと思い出したので。

匿名ならば「売り込み」のいやらしさは漂いにくい。そして、ネガティブなことも対象を特定せずに書けるから、周囲に迷惑をかける心配が少ない。とはいえ、必要ならばいつでも実名を明かす、という覚悟と内容への配慮は必要だろう。脱線。

なるほどなぁと思いました。匿名で書いていることがいい方向へ転ぶとそういういいこともあるのか、と。でもやっぱり悪い方向へ転ぶことが多いので困るのですが。

ここで重要なのは「ありのまま」であること。
そこでさらに思い出したのがコレ。

ただただ食べ物を淡々と記録するという行為が、ここに来て、圧倒的な真実味と迫力をもって、迫ってくるようになりました。大島さん、頑張ってください!

「淡々と記録する」ということの意味を、これほどまでに思い知らされたことはありませんでした。このことはたしかそのころミクシィ日記に書いたはず。

その「食べたものを淡々と記録するよ」が閉鎖されてしまっているようなので調べて見るとこういうことだそうです。

2006年10月7日、結婚しました。以上を持ちまして記録を終わります。

 

なんという淡々とした終わり方!

「淡々と記録する」ことの偉大な可能性を感じずにはいられません。


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2 コメント:

  1. Hit 2008年3月15日 12:24

    webLOG という語源から考えると、ブログというのは淡々と記録するのが本来の姿なのでしょうか。

    一つ一つには大して意味のないような情報が、同種のものとして蓄積されたとき、大きな意味を持つというのはブログに限らずありそうなことですね。

     
  2. H & A 2008年3月15日 13:08

    長期間にわたって情報を蓄積するためには、ストレスなく続けられるように作業をいかに小さく単純なものにするかが重要になりそうですね。
    あるいはコンピュータによって自動化するか。