風のガーデン ~ 「演じる」ということ

もう1週間以上たってしまいましたが、ドラマ「風のガーデン」終わりましたね。僕は最初ちょっと毛嫌いをしてみてなかったんですが、途中から見てすっかりハマり、それからずっと見てました。

これから先はネタバレしますので、まだ見てなくてこれから見てみようという方はご注意ください。

最終回。余命の短い貞美(中井喜一)のために開かれたウソの結婚式。
貞美を喜ばせるためにみんなで仕組んだことなんだけれど、「結婚式をするから出席してほしい」という話をしたときから、貞美はそれがウソの結婚式だと感づいていたし、みんなも貞美が気づいていることを薄々感じていました。
それでもみんな、それぞれの役を真剣に演じ切ります。
バージンロードを娘といっしょに歩きながら、貞美は感激で涙を流します。

それは、とても感動的なシーンでした。

そして、「あ、これでいいんだ。」と気づきました。

仲のいい家族を演じる家族がいます。おしどり夫婦を演じる夫婦がいます。気の合う友達同士を演じる友達がいます。そのことに気づいている場合もあれば、まったく気づかずにそうなっている場合もあります。
なんだかちょっと薄ら寒い感じがしますね。あんまりそうはなりたくないなぁ、と思います。そんなこと続けても、いい結末は待っていないような気がします。

でも、その行為そのものは否定しちゃいけないような気がしました。

「演じる」という行為の発端に「好意」があるのなら、それをお互いに演じ切ることで、ギリギリのバランスで良い結末に結びつくような気がします。演じ続けることで、冷え切っていた心の一部が溶けてくることもあるような気がします。

多かれ少なかれ、誰もがみんなそれぞれ、それぞれの場面でそれぞれの役割を演じているような気もします。

それならそれでいい。演じ切ってやろうゼ。


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