スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

2月, 2008の投稿を表示しています

ねんきん特別便がキタ

まず、なぜ「年金」がひらがななのかが気になります。年金特別便だと、ちょっと硬い感じがしますかね。無駄な抵抗という気もします。

中身を見てみると、就職してからの分は全部途切れなくつながっていることが確かめられました。大阪から北海道へ来て、しばらく無職だった5ヶ月間の国民年金支払い分もちゃんと記録されていました。

ただし、僕が大学生だったころから学生であっても20歳以上の人はみんな年金を納めなければならなくなっていて、貧乏学生だった僕は再度の督促も無視していたんですが、就職してしばらくしたころに最後通告として実家の親のところへ督促状が届いて、金をやるからとにかく納めろと言うのでカッコ悪いなぁと思いながらしぶしぶ納めた何ヶ月か分の記録が出ていませんでした。

家内がどこかからそのころの青い年金手帳を見つけてくれたので、それを片手に「ねんきん特別便専用ダイヤル」へ電話してみました。
それほど待たされることなく係りの女性が応対に出てくれました。まず本人に確認のためのいくつかの質問に答え、それが終わって学生時の記録が抜けていると思う旨を伝えました。お調べしますのでしばらくお待ちください、と言われてしばらく待つと、僕の片手にある青い年金手帳の記載と同じ記録が確認されました。

で、記載内容に誤りがあるのでこうゆうふうに直してくださいね、というお手紙を社会保険庁に出して、この件は終了。

ちゃんと年金をもらえることを切望します。

本ウェブサイトのプライバシーポリシー

クッキーおよびWebビーコンについて本ウェブサイトにおいては、クッキー(Cookie)又はWebビーコンと呼ばれる技術を使用しているページがあります。クッキーとは、Webサイトが皆様のコンピュータのハードディスク上に置かれたブラウザのクッキー・ファイルに転送する文字のみの情報の連なりであり、これによりWebサイトは利用者を識別できるようになります。クッキーには通常、クッキーの送信元ドメインの名称、クッキーの「寿命」に加え、1つの値が格納されています。通常、この値はランダムに生成されたユニークな数です。クッキーの使用は業界の標準となっており、多くのサイトで、カスタマーに有益な機能を提供する目的でクッキーが使用されています。クッキーにより、カスタマーの使用するコンピュータは特定されますが、カスタマー個人を特定できるわけではありません。また、Webビーコン(クリアGIFと呼ばれることもあります。)は、特定のページに何回のアクセスがなされたかを知るための技術です。 当サイトにおいて、以下のような場合にクッキーを使用することがあります。 利用者ごとにカスタマイズされたサービスを提供するにあたり、利用者の利便性を考慮しクッキーを使用することがあります。このクッキーは、利用者がカスタマイズされたページへアクセスしたとき、またはログインするときに設定されます。 本サイトを利用する利用者数を計るために使用する場合があります。 掲載された広告についてもクッキーを使用する場合があります。 クッキーの無効化と有効化ブラウザの設定を変更すると、クッキーの受け入れ可否を選択できます。また、ブラウザのクッキー・フォルダに保存されているクッキーを削除することもできます。ただし、クッキーを無効化したり削除すると、当社サイトで一部の機能が使用できなくなることがあります。ご利用のブラウザでクッキーを無効化したり削除する方法がご不明な場合は、ブラウザのヘルプ機能で「クッキー」を選択し、詳細を確認してください。 Thanx to KurumaWebマーケティング最前線 » (続)Google AdSenseのプログラムポリシー

著作権とアフィリエイト

またしても「CONTENT'S FUTURE」の中に出てきた話。

CDTube という「カウントダウンTVのサイトからランキングデータを引っ張ってきて、その楽曲をYouTubeで自動的に探してページ内にEmbed表示させるサービス」(キャッシュ)があって、これは著作権的に限りなく黒なんだけど、それでもレコード会社などからサービスの停止などを命じられずにグレーの状態で存続し続けている要因が、それぞれの楽曲の動画の下に貼り付けられているアマゾンへのリンク。

ちゃんと売り上げにも貢献しているのでギリギリOKというわけです。

アルバムのジャケット画像とか歌詞とかをブログに載せたりすると、それは引用なのかどうなのかとか、どっちが主でどっちが従だとかってややこしくなってきたりしますが、そこにきっちりアフィリエイトリンク(というか著作物の購入につながるリンク)があることで、そのへんが一気にクリアになってしまいます。

著作権なんて所詮その程度のもんだよなぁって気がしてきます。

そのうちに、ネットに公開したものの著作権をキープしたいのなら、あらかじめアフィリエイトリンクつくっとけよな、みたいな議論が一般化しそうな気がします。

MacBook Air

いまごろなにを取り上げてるんだって話題ではありますが。林信行さんが書いた  MacBook Air のレビュー記事に違和感を感じる、という意見をチラホラ目にしたので。その話題の記事というのがこれ。
MacBook Airレビュー前編:MacBook Airから見える新しい風景 (1/4) - ITmedia +D PC USERで、その違和感の元になっているのが、だいたいこのあたり。
MacBook Airは使い手を試す。もし(MacBook Airに)選ばれた人々は、マシンをひと目見ただけで「他人が言う評価はどうでもいい、自分はこれを買わなければ」と強く感じるはずだ。この究極にエレガントなマシンを持ち歩き、世の中に新しいライフスタイルを広めていく一員となることに強い意義を感じる――そういう人々は、自分の直感に従っていい。おそらくMacBook Airのパッケージを見た瞬間、ふたを開けた瞬間、その冷たいボディに手を触れた瞬間から感動が止まらないはずだ。ぼくはまだ  MacBook Air の実物を見たことがないので、あんまりはっきりとした意見は言えないのですが、たぶんこれはずっと前に、はてなの伊藤 直也さんが PowerBook を使ったときに感じたと言っていた「いいもの使ってる感」が瞬間的に爆発した感じなんだろうと思います。

そしてそういう素晴らしいプロダクトが「使い手を試す」ことや「使い手を選ぶ」ことも納得できます。

超一流ブランドの洋服が着る人を選ぶ、というのはよく聞く話です。逆に「私はこの服を着続けるために食事の管理をしたりジムに通ったりして体型を維持してます。」なんて話もよく耳にします。

建築家の安藤忠雄さんは、住宅の設計を依頼してきた施主に対してまず「私の造る住宅は住みづらいですよ。不便だし、夏暑くて、冬寒い。家具どころか物も増やせない。そんな住宅を、あなたは住みこなす覚悟がありますか?」と聞くそうです。

世の中には、そこまでの苦労をしてまでも身につけたい服や、住み続けたい住宅があります。

MacBook Air は、それらと並ぶようなプロダクトなんだろうと思います。

世界ふれあい街歩き

正月にHDD/DVDレコーダーがやってきて以来、テレビを見る時間がやたらと長くなってきています。

いくつかのキーワードを入力したり、好きな番組をシリーズ予約したりすると、勝手に電源が入って勝手に録画してくれます。さらに、そんな録画履歴を分析して「たぶんこれ好きでしょー」的な番組まで勝手に録画してくれます。

まぁそのあたりの動作は購入前からわかっていたことだったのですが、実際に目の前に提示されると、予想以上の威力に驚いています。

そんな「勝手に録画された番組」の中で一番の掘り出し物が「世界ふれあい街歩き」です。もともとは BShi で放映されている番組のようですが、うちはソレ入らないので、NHK総合で深夜にやっているのを録画してくれてるみたいです。

世界遺産になっているようなきれいな街を訪れて、1日かけて街を歩き回り、そこに住む人々とふれあいながら、一般の旅人目線でしか感じることのできないその町の魅力を伝える番組です。『視聴者があたかも「自分で街を歩いてる感覚」になる』ことが、この番組の大きな趣向になっていて、その部分に対する番組製作スタッフの熱の入れようは相当なもののようです。

こんなことがあったそうです。
ナレーションは俳優やタレントなど様々な人が起用される。なかでも矢崎滋は登場回数が多く、この番組をとても大切にしており、「街を歩いてる感覚」にこだわるあまり、収録中、台本のセリフを巡ってスタッフと激論することもある。 >世界ふれあい街歩き - Wikipediaどんなことがあったのか追いかけてみると、
キューバの首都「ハバナ」(11月29日<BS2>で再放送)。「路地を歩き、見上げると洗濯物が干してあり、風にはためいているシーン。」録音ブースで矢崎さんが突然「だめだめ、これ、番組の憲法違反だと思う」。何? と戸惑うスタッフ一同。
「台本」に書かれた言葉は「こっち行ってみようか、ああ洗濯物がはためいていますね。風が気持ちいいなぁ」。矢崎さんいわく「テレビを視(み)ている人は、肌に風を感じることは出来ませんよね!肌に風を感じるのは触覚の感覚だから。もしぼくが『風が気持ちいいなぁ』と言っちゃったら、視ている人は『私には感じない』って思っちゃうじゃないですか。」
「風が気持ちいいなぁ」を「気持ちよさそうな風」に変更。その違いはとても微妙ですが大事なことを示しています。「風が…

BGM/BGV

この前ご紹介したCONTENT'S FUTURE」の中に出てきた話なんですが、もうずいぶん前にテレビの見られ方が変わってしまったのだそうです。

最近のテレビ番組で、特にバラエティ番組で多く使われる手法で、出演者がしゃべっている言葉がそのまま大きく字幕で表示されることがあります。あれがうっとうしくてしょうがない人は少なくないと思います。

それからCM明けにCM前にやった内容をちょっと巻き戻してやり直すのも最近よく目にする手法です。

これらは、自分たちが作った番組の見られ方が変わってきていることを察知したテレビマンたちが、仕方なく最後の切り札を切るようにして採用している手法なのだそうです。
つまり視聴者たちは、自分でスイッチを入れてチャンネルを切り替えて見ているテレビ番組を、ちゃんと見ているわけではない、ということ。
なにか別のことをしながら、興味を持った部分だけをチラ見しているということ。
なにか別のことに集中するために、音声が最小限に絞られていることが少なくないということ。

番組の最初から最後まで通して見てくれているわけではないということ。

その昔、音楽というのは、レコードに慎重に針を落として集中して聴くものでした。それがさまざまな便利な再生機器の登場になどにより音楽を聴くスタイルがどんどんカジュアルになってきて、そんな流れの中でBGM(Background Music - 環境音楽)が登場しました。環境を彩る「音」としての音楽です。

いまテレビ番組がBGV(Background Video - 環境映像)化してきているようです。リゾート地などの心地よい映像や、海の中を撮ったような瞑想状態へ導くような映像をBGVとして扱うことは以前からありましたが、テレビのバラエティ番組がBGV的に扱われてきているのです。

ぼくの好きなラジオ番組で「優香の I Feel You」というのがあります。タレントの優香さんがたわいのないガールズトークを、まったく「ハらない」自然体な声でぼそぼそと話す番組です。職場でこれが流れてると、話してる内容はまったく聞き取れないんですが、「ぼそぼそ感」や「くすくす感」が心地よくて癒されるのです。

BGV(Background Voice)というのもアリかもしれませんね。

「ふわり」と「さらり」と

この前ちょっと奮発して、いつも通りかかるとお客さんがいっぱいで、いかにも流行ってる感じで気になっていたレストランでランチを食べました。チキンをトマトソースでグリルした料理を食べました。とても満足できる料理でした。

いっしょに皿に盛られたライスが付いてきたのですが、久しぶりにナイフとフォークで食べてみました。ファミリーレストランなんかでハンバーグランチを食べるときは、ハンバーグが箸でも切れることもあって、あんまりがんばらずに箸を使いますからね。

フォークの背にライスを乗せて、口へ運ぶあいだに落ちてしまわないようにナイフでギュッとフォークに押し付けて。こうやって食べるライスは、たぶん日本人的にはあんまりおいしくありませんよね。あくまでもライスであって、ごはんじゃないって感じ。茶碗に「ふわり」と盛ったごはんを、箸で「ふわり」と食べるのが日本人です。ごはんの粒と粒のあいだの空気もいっしょに食べて味わう感じ。

むかし読んだマンガ「美味しんぼ」に、握りずしのシャリに適度に空気が入るように握るのが一流の寿司職人だと書いてあったのを思い出しました。ごはんのひと粒ひと粒を味わうのだそうです。

さらに思い出したのが、あるファッション評論家が言っていたこんな言葉。

「日本人のTシャツの着方は、大きめのサイズを着物みたいにふわりと着ます。裾をひらひらさせたりもします。欧米人の着方はその逆で、ピッタリサイズをぴたっと着ます。」
日本人が、鮮やかで洗練された動きを評して「ふわりとした身のこなし」ということがあります。これによく似た感覚で、鮮やかなお手並みを表して「さらりとやってのける」という言葉があります。

「ふわり」とか「さらり」は日本人に独特な美的感性なのかもしれません。

近所の中学校が荒れてるワケ

家内の幼稚園の知り合いのお母さんの話で、近所の中学校が荒れているということを知りました。とはいえ、うちの子供がそこへ通うわけではないので、あくまでも傍観者的に話を聞きました。

普通、学校が荒れてる場合は、生徒が卒業して入れ替わったり先生が転勤して入れ替わったりすると治まるそうなんですが、そこの場合は何年にもわたって継続して荒れ続けているそうです。

その知り合いのお母さんは、子育てで休職中の教師だということもあり、なぜそんなふうに荒れ続けているかも分析して教えてくれました。いわく、最近その学校の校区内にできたニュータウンのせいではないかということでした。その町は全国でもトップクラスの人口増加率を誇り(もともとの人口が少なかったこともありますが)これからもどんどん発展していきそうです。

そのおかげで、その中学校も生徒数が急激に増え、そのほとんどが転校生ということになります。転校生というのは普通、最初ちょっとおどおどした感じで、その学校の空気をつかんだり、心を許せる友達ができたりするまでは、みんなからちょっと浮いた存在だったりします。

ここからはぼくの想像なのですか、その中学校では、地元の小学校から上がってきた生徒の数を、転校生の数が大幅に上回ってしまったのではないでしょうか?そうするとどうなるでしょうか?たぶんだんだんとおどおどした態度の生徒が普通の存在になり、あるいは転校生であるにもかかわらず、最初からおどおどしない生徒がたくさん出てきたり、「よそもの」というくくりで緩やかに団結した転校生たちが、もともといた生徒たちをマイノリティに追いやりはじめるでしょう。とても不安定な状態になるのが容易に想像できます。

そんなことを考えながら、あることに気づきました。
いわゆる IT 革命以降、その波に乗り切れずにノイローゼになる40代のビジネスマンが続出しているのは、近所の中学校が荒れ続けているのと原因が同じなんじゃないのか?

CONTENT'S FUTURE

クリエイティブ・コモンズ・ライセンスで出版されたという話を聞きつけ、さっそく買ってさっそく読んでみました。

結論から先に書くと、タンブラーあたりでコピーライトとかクリエイーターとかクリエイティビティとかについていろいろ考えてる人は必ず読むべき本だってことです。いろんなとこで、いろんなひとが、この問題についていろいろともがいてるんだなぁということがとてもよくわかります。

これがウェブで発表されていたとしたら、タンブラーに quote したい文章がありすぎで困っていたでしょう。読みながら、思わず無意識に何度右クリックしたかわかりません。
で、書きたいことはたくさんあるんですが、今回はあえて著作権まわりの話題ではなくて、ちょっとずれたところの話題を取り上げたいと思います。この本ではインタビュー記事としては一番最後に登場する、編集工学研究所の松岡 正剛さんの発言です。だいたいこんな感じです。
インターネットやブログの登場によって、みんながクリエイターとなれる時代がやってきたけど、いま圧倒的に足りないのは編集できる人の存在。自己編集や相互編集の重要性が高まっています。ただ、編集はめんどくさい。だから編集する快感や面白さを伝えなきゃダメ。ここで言う編集とは、たぶん、一見無関係に見えるもの同士を結びつける作業のこと。日々おこったことをただ淡々と綴った文章は、ただの日記です。そこに編集作業が加わり、「気づき」などの要素が現れてくると「記事」になりうる。簡単に言うとそんなことなんだろうと思います。

そしてどうも、すでに誰かによって編集されたものは、そのままの状態では編集できないようです。再編集するためには一度要素に解体する必要があるのです。ということなので、相互編集という作業はかなり高度な作業だといえるかもしれません。

で、ここで気づいたんですが、いまぼくがハマっている、ハマり続けているタンブラーというのは、いろんなものを編集可能な状態に解体する作業ができているなぁということ。

たとえば、ウェブで見つけた文章の中から、自分の気になったフレーズや文章を quote する行為。あるいは、あるクリエイターによって発表された写真や絵がたくさん並んでいる中から、自分が気に入ったものだけを抜き出してクリップする行為。

あとは、どう編集するか、ですね。
CONTENT'S FUTURE ポス…