「Share」するということ

タンブラーの設計の根底にある考え方のひとつに「Share」があると思います。

それは純正のポスト用ブックマークレットの名前が「Share on Tumblr」であることから分かります。もう少し言葉を加えれば「Share your love & hate on Tumblr」ということになるでしょう。

この「Share」という言葉は「分かち合う」とか「共有する」などと和訳されることがありますが、実際のところ欧米では、和訳されたその言葉の響き方よりも、もっとカジュアルで気軽な印象が強いような気がします。

アメリカでは、親元を離れて大学生活を送る学生たちが、学生同士で部屋を「Share」することが多いです。複数のベッドルームを持つ部屋を複数人で借りて、そのベッドルームをそれぞれの個室として使い、バス・トイレ・キッチンは共有して家賃を折半するわけです。

もともと気の合う友達同士で「Share」することもあるでしょうが、YMCA などへ行くと、「Share mate」つまり、部屋を「Share」する相手を探す張り紙を見つけることがよくあります。先にひとりで広い部屋を借りてしまったのか、それとも、元々いた「Share mate」がなにかの都合で出て行ってしまったのかもしれません。いずれにしても、見知らぬ相手同士が部屋を「Share」することも少なくないことがよくわかります。

不動産事情も違うので単純には言えないかもしれませんが、日本ではこのように部屋を「Share」している学生は少ないように思います。きっと「Share」することで発生するわずらわしさを嫌う学生が多いのではないでしょうか。そういう傾向が強いことを見越して学生用のワンルームマンションが多いのかもしれません。

欧米の都市においては、窓の外の街路に向けて花を飾っている家が多く見られます。また集合住宅では、洗濯物を街路から見えるところに干すことが規制されていることもよくあります。

街路は都市に住む住民たちの共有物であり、広場は住民たちそれぞれの第2のリビングルームであり、オープンカフェは第2のダイニングルームであり、そこから見える景観を美しく保つのは、住民たちそれぞれの義務である、という考え方が、ごく自然に根付いているようです。

伝統的な日本の都市では、街路と住宅の敷地とのあいだには背丈よりも高い塀を設けて中が見えないようにして、その中を美しくしつらえていました。もちろん塀の外側も汚いことはないのですが、そこには「拒絶」が見え隠れして「Share」という考え方からは程遠いことが感じられます。

マンションのバルコニーには洗濯物がカラフルにはためき、欧米人はその景観をみて「カオス」だとか「エネルギッシュ」などと評します。もちろんそこには良さも悪さもあり、どちらが良くてどちらが悪いということではありません。文化の違いだと考えるのがいいと思います。

タンブラーでは、「Share」の手法として「Reblog」の他に「like」というものがあり、欧米の人たちは「like」する傾向が強いように思います。もちろんさまざまな要因があるのでしょうが、おそらく「Share」する文化の人たちの「気分」としては、「like」のほうがより自然なんだろうなぁと思っています。


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