「なにかしてる」と「なにもしてない」のあいだ

もうずいぶん前のことですが、「アメトーーク」の「人見知り芸人」の回で、企画発案者であるオードリー若林がこんなことを言っていました。

「楽屋とかで、なにもしてないと話しかけられちゃったりするので、特に興味もないのに缶コーヒーの裏に書いてある原材料とかを読み込んだりします。いつもなにかしてる人になっていたいんです。」

これはつまり、人見知りで人に話しかけられることを極端に嫌うので、「なにかしてる」人になることで話しかけられづらい状況をつくっているわけです。

その一方で、いま「ほぼ日」で連載中の、糸井さんとイラストレーターの荒井良二さんの対談の中でこんな話がありました。

やっぱり、絵を描くことって、
こうやって白い紙に向かって
筆を持つことだと思ってるから、
早くしてくださいって
催促する人にとっては
なんにもしてないように見える。
でも、自分の中では進んでるんですよ。
絵は真っ白なまんまかもしれないけど、
ぼくの中では始まってるんです。
こう、ご飯食べながらでも、もう、
絵を描くモードに入ってたりするんです。
だけど、外からはそう見えない
っていうだけの話であって。

こう、たとえば船がね、
波の上に浮かんで、ずーっと、こう、
ゆらゆらしてるじゃないですか。
あの時間も、ちゃんとカウントしてほしい。
どこにも進んでないからって、
船に乗ってないわけじゃないんだ。

ちゃんと「なにかしてる」つもりなのに「なにもしてない」と思われちゃって困ってる人たちの登場です。

このふたつの話の中で出てくる「なにかしてる」と「なにもしてない」は、まったく関係ないようで何か関係しているような気がします。そんな気がしたのでこの文章を書き始めてみたのですが、ここまで書いたところでコレといった結論に辿りつきそうにないことがわかってきました。

あ、コレ「なにもしてない」わけじゃないんですよ。ちゃんとどこかへ向かって進んでる途中なんですからねっ!


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