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ぜんぶ僕ら自身に跳ねかえってくるんだゼ

この前、関東から引っ越してきたというお母さんからこんな話を聞いた。関東の小学校の徒競走ではゴールの10メートル手前で一度みんな止まって整列して、そこから行進してみんな一緒にゴールインするのだそうだ。ばっかみたいでしょ、と言ったそのお母さんはこう続けた。でもね、そうなったのはみんな親が小学校に「うちの子はいつもビリで不公平だ」と苦情を出したからで、学校はその苦情を理不尽だと思いながらも誠意(?)をもって従ったからなんですよ。

それとは関係なく、ちきりんさんがこんなことを書いてた。

御用学者がどうの癒着がどうのというけれど、突き詰めれば「原発を利用しながら、豊富な電力を得て利便性の高い社会を作ろうとしていたのは、まさに日本の国民(有権者)の民主的な意思決定の結果だった」とちきりんは理解しています。

その意思決定に伴う損害を、今は福島県の人が一身に背負わされているのだから、その補償のために東電の資産で足りない分を国民全員で負担するのは当然だと思います。

これ読んで、目からウロコが落ちた。ぽろぽろぽろぽろキリがないくらい。そうそうそうそう、そういえばそうだ。なんか間違えてた。かといって東電の取締役とかがイケスカナイのは変わりないけど。

結局のところ、その社会の状態というのは、その社会を構成するひとたちが望んだ状態なのだ。政治家が悪いとか、企業が悪いとか、みんないろんなこと言うけれど、政治家は自分を支持してくれるたくさんのひとたちの要求を叶えようと活動した結果だし、企業はといえば、経済というのはとても正直なもので、消費者が望んだとおりに商品を開発し、販売した結果だ。それがうまくできなかったところは潰れて、うまくできたところだけが生き残っていく。ぜんぶ国民が、消費者が望んだ状態だ。

東北の震災が起こって、福島の原発の事故が起こって、国難とも呼べる危機的状態になって、そんななかでこれは日本が生まれ変わるチャンスだという人がいた。「すべてがあるけれど希望だけがない国」が震災の危機的状況に陥ったとき、その危機の中に思いがけず希望の光を見た人もいた。

でも、どうも生まれかわれそうにはなさそうだ。あの震災直後に社会全体が大混乱に陥った中で僕らが望んでいたのは、政治家や企業が変わってくれることで、僕ら自身が変わるのは社会が変わってからだと思っていたから。それじゃ甘い。それじゃ変わらない。まず自分が変わる。そのあとでみんなが変わってくる。それじゃなきゃ変わらない。

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