問題は自然には発生しない

世の中には様々な問題が発生しています。このように書くと、問題は自然にできあがるもののように思いますが、実は問題が自然に発生することはない、ということに気づきました。自然に発生するのは事象や現象だけで、問題は必ず誰かによってつくられるものです。それはちょうど学校の先生が児童・生徒のために問題を作るのと同じように。

このようにして世の中に散在している問題とは、つまり社会問題と呼ばれるものです。この社会問題のやっかいなところのひとつは、学校の先生が児童・生徒のために作った問題とは違って、絶対の正解が存在しないところで、そのためにすっきりとすべてが解決されることないということです。だとしたら問題をつくりだし、それについて議論することは不毛なもののように思えてきます。にもかかわらず世の中は問題で溢れかえっています。これはどうしてなのでしょう?

これを理解するには、社会問題を作り上げている人たちのことを考えてみると良いと思います。問題の張本人のことではなくて、その人のことを、あるいはその現象・事象を取り上げて問題提起する人たちのことです。
問題提起する人たちは、実はその問題がすっきりと解決されることがないことをあらかじめ知っているように思います。にもかかわらず問題提起するのは、その目的が問題を解決することではなく、その問題について議論することだからではないかと思います。もちろんその議論は問題解決のために行われるわけですが、その問題提起の目的は問題解決ではなく、それについて議論することそのものなのではないか? ということです。なんだかややこしいですね。

どうしてそんなややこしいこしいことになるのかというと、それはきっと、問題について議論すること、あるいは問題提起をすること生業(なりわい)としている人たちがいるからなのではないかと思います。あるいは、その問題について議論を深めることにやりがいや生きがいを感じ、ライフワークとして取り組んでいる人たちもいるかもしれません。

このような視点で世の中にある様々な問題を眺めてみると、ちょっと別な見方ができるようになって面白いような気がします。(という問題提起でした。)


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