かろやかに生きる

いつのころからか、かろやかに生きたい、と思うようになった。

学生のころ、あれはあれでなかなか軽やかだったかもしれない。学生が学生である以上、ある程度の限界があるけれど。高校生のころ、3日間の期末試験期間の2日目の試験の帰りに、友達と夕方まで麻雀したり(僕なりの精一杯のかろやかさ)、大学4年目の年には1年間休学をして、半年間バイトしてお金を貯め、残りの半年をワーキングホリデービザでカナダ・アメリカを旅して回ったりもした。
その行動を実行に移す大きな要因は、このまますんなりと社会へ出てしまうと、この先の人生が他人の敷いたレールの上に乗っかっていってしまうような危機感を覚えたことだった。

大学を卒業し、大阪の建築設計事務所で10年間働いた。あのころの僕が、これまでの人生の中で一番かろやかじゃなかったのかもしれない。自分の就きたかった職業につき、自分自身を律して、日々鍛錬しているつもりだった。最初のころはそれでよかったけれど、勤めていた10年のうちの最後の3年くらいは、自分の行く先が見えなくなってきて、仕事は自分を縛るものでしかなくなっていた。

僕は決断をして、家族といっしょに北海道へと移り住んだ。最初の半年間は退職金と失業保険で暮らした。いろいろと考えたけれど、結局僕にできるのはこれだけだと、小さな建築設計事務所に務めた。収入はだいぶ減ったけれど、北海道での生活はとてものびやかで、かろやかだった。小1と1歳だった子供たちもすくすくと育った。

そして北海道へ来て9年目の昨年、勤め人をやめて独立した。ひとりでやっていくだけのスキルは身についたと思ったから。ひとりで仕事を始めてみて「かろやかさ」とはこういうだと気づいた。
毎朝かならず行けなければならない場所はない。その日、自分がやるべきことは、その日、自分で決める。根を詰めて作業をしたら、息抜きは好きなタイミングで好きなだけできる。

大学4年の時、レールに乗ってしまうのが怖くて、帰りのチケットを持たずにカナダへ渡り、持っていったお金を全部使ってしまったあと、現地で働いて稼いだお金で買ったチケットで半年後に日本へ帰ってくるときに「あーオレ、どこででも、どんなふうにでも生きて行けるかもなぁ」と思ってしまった。

それがいま、かなり実現しつつあると感じる。僕にはいま、家族や財産など、守るべきものがたくさんある。 それらからもいずれ徐々に解放されていくような気がする。
将来は、あたたかい海辺の町で、波乗りをしながら暮らしていたい。それはタイあたりかもしれない。


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