月を愛でる

日本では明治5年まで太陰暦が採用されていました。
太陰暦とは、ひと月の長さを月の動きを基準にして決める暦のことで、これに対して一年の長さを太陽の動きを基準にして決める暦のことを太陽暦といいます。
正確には、月の動きのみを基準する暦のことを太陰暦といい、ひと月の長さを月の動きを基準として決め、1年の長さを太陽の動きを基準にして補正する暦のことを太陽太陰暦というそうで、明治5年までの日本で採用されていたのは太陽太陰暦ということになります。純粋な太陰暦では、太陽暦と比べて1年の長さが11日ほど短くなるため、3年に一度「閏月」を設けて、1年を13ヶ月にして調整するのです。

話が少し横道へそれてしまいましたが、今日書こうと思っていたテーマについて調べていたら、ちょっとおもしろかったので触れてみました。
言いたかったのはつまり、日本人が大切にしている古きよき日本の文化が育まれ、熟成された江戸時代までの日本では、ひとびとは月の動きにしたがって生活していた、ということなのです。

西洋と日本では、月に対するイメージが大きく違います。西洋では、月は狼男や魔女を連想させ、不吉や孤独などのネガティブで悪いイメージがあり、満月の夜には警察や病院が満員になるなどと言われたりもしています。「月」luna(ルナ)は、lunatic「気がふれる、狂人」という意味で、moon にも、moon struck「気がふれる、昔、月の霊気の影響とされた」という意味があります。
それに対して日本では、月はとても身近な存在として親しまれています。月の表面にはお餅つきをするかわいいウサギをみつけ、月をモチーフにした絵画や美術品が数多くあります。かの有名な桂離宮は貴族が月見をするための施設として建てられたそうで、池にせり出した月見台があり、建物内部の様々な部分にも月のモチーフが散りばめられています。竹から生まれた美しい姫が月へ帰っていく竹取物語があるように、日本では月に、静謐で神秘的なイメージをいだいているように思います。

江戸時代までの日本人は、暦を確かめる意味だけでなく、日が暮れると自然と月を見上げていたのではないでしょうか。そういえば村上春樹の「1Q84」でも、主人公が公園のすべり台の上に登って月を見上げるシーンが印象的に描かれていましたね。それにあの小説では物語の芯にずっと、神秘的な月の存在がありました。

神秘的な力でなく、物理的に月が地球に与える力として引力があります。これは潮の満ち引きとして海辺に暮らす人々の生活に大きな影響を与えます。周囲をぐるりと海に囲まれた島国の日本において、長く太陰暦が採用されてきたのは当然のことと言えます。海の生物が潮の満ち引きに合わせて生活するのは当たり前かもしれませんが、陸上の動植物の中にも、月に合わせてライフサイクルが決まっているものがあることが知られています。月の引力の微妙な変化を感じているのかもしれません。人間にも微妙な引力や重力の変化を感じて反応する秘めた能力があるとしたら、ちょっとおもしろいですね。


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