ある正義と、それとはまた別の正義とが戦うのが戦争なんだよ、という話

そう、例の、戦争ってのは正義と悪とが戦ってるんじゃなくてね、という話。

これはつまり、あまりにも正義を突き詰めすぎると、あるひとつの視点において悪を排除して正しいものだけを残すってことをやり過ぎると、ある段階でクルッとひっくり返って巨大な悪になってしまうことがあるってことです。こうやってできあがった巨大な正義(悪)は、別の視点によってできあがった巨大な正義(悪)と抜き差しならないほどに対立してしまうのです。宗教戦争なんかがこれの最たるものですね。

ここで考えたのですが、現代の日本って社会全体が正しいものだけで埋め尽くされようとしていて、もしかするととても危険な状態なんじゃないでしょうか? 完全な悪は全力で排除したらいいと思うのですが、そのだいぶ手前の、ちょっといかがわしいものなんかが、正義の人たちの手によってドンドン排除されていっているような気がするのです。

個人においても正しくあろうとし過ぎると、どこかで破綻してしまうものなのでしょう。社会や組織を構成する個人が、自分の中にもある程度の悪が存在しているということを理解して、その社会や組織の中にもある程度の悪が存在することを大きな度量をもって許容しているのが、健全な状態なんじゃないだろうか、という気がしています。

清濁併せ呑む」という言葉があります。

善人も悪人も、善も悪もわけへだてせず、来るものはすべてあるがままに受け入れる。広く大きい度量があることのたとえ。
とあります。

度量不足ってことですね。

アメリカの落日―「戦争と正義」の正体
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正しい戦争と不正な戦争
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2 コメント:

  1. jhypocrite 2013年4月29日 21:21

    人も国も数学以外のものは大概、二律背反的ですものね

     
  2. Hideki ANDO 2013年4月30日 13:36

    いろんなものが表裏一体なんですね。